「でも俺は剣奴でしたよ…」

思わず書類を落としかけた
必死に手繰り寄せて皺になるのも気にせず抱きしめる
いや、え、そんなまさか

此方にやってくる足音に慌ててその場を去る
王に仕事を渡さなきゃいけなかったのに、なんで逃げてるんだ私

それよりもぐるぐると言葉が駆け巡る
剣奴は人気があってお金持ちのご婦人方があああああああ
ばっさーっと書類を廊下にぶちまけた

予想以上に私動揺してる
あと、ダメージ受けてる
半狂乱になるのを抑えながら書類を拾った

本当なの?それって本当の話なの?
想像のご婦人方がマスルールとうわあああああ
順番もぐちゃぐちゃになった書類を抱えて、ヤムライハの元に急いだ



「――って話を聞いたんだけど、本当なのかな…」
「暗いわよ…レームの剣奴については私はあまり詳しくないけど、まあ無くはない話よね」
「やっぱり?強い人って憧れるよね…」

遠い目をしてふふっと笑うと、ヤムライハが引いた
仕方ないじゃない。誰だって恋人がそんな過去あったら遠い目のひとつやふたつ、したくなるでしょう?

「…私が、頼んでもしてくれないのって見飽きたとかそんなんかな」
「さらっと問題発言しないでちょうだい。気になるなら本人に聞きなさい。マスルール君が話してたのあの馬鹿でしょ?どうせイラつかせることでも言ったんだわ」
「もしそうだったら立ち直れない」

机に沈む私にヤムライハが痺れを切らした
「いつもの楽観的思考はどうしたの!くっついてても腹立つけど離れてても腹立つわ!」なんて理不尽なこと言われて追い出されてしまった
あ…書類、机に置きっ放しなんだけどな

「確かにうじうじ悩むのは、らしくないか…」

いくら扉を叩いてもヤムライハが開けてくれなかったので書類は諦めた
紫獅塔に向かって歩いていると、妙案が浮かんだ
さすが私。伊達に文官勤めしてないわ!
すぐさま準備をして夜を待った



「マスルール…?」
「セレーナ、入らないのか」

扉の向こうから話しかけると声が返ってきた
優しい声にすぐさま扉を開けて抱きつきたい気分になったけど、頬を叩いてぐっと堪えた
ゆっくりと扉を開いて中に入る

私とマスルールはそういう事はしないものの、一緒のベッドで寝る放っておけばマスルールは屋根の上とかで寝てしまうからだ
大事な会議がある時なんかはむしろ一緒に寝てほしいとジャーファルさんに頼まれる
…本当に眠るだけなのだ。指一本触れてこないという

それが結構私を傷付かせてる
処女ですが。確かにそうですが
決して体型は悪くないのにな

「今日はお願いがあるの」

私が入ってくるのを確認するなり寝床に就こうとするマスルールを呼び止める
いちか、ばちか。私は持っていた袋を差し出した
中を見るどころか受け取りすらしないので、開いて中を見せる

「これで一晩買えますか!」

さよなら私の貯金。しかし惜しくはない
馬鹿と言われようが、もうこの際さっきの話はチャンスと受けとる
お金払えば抱いてくれるんだったら大喜びで払ってやるわ

真剣な私の顔とは反対に、マスルールは怪訝そうな顔をした
そうなると予想はついていたものの実際されると悲しい
袋を取られて隅に投げられた

「ちょ、お金は大事なのに…!」
「セレーナ」

怒気を含んだ声にびっくりする
私を見る目は明らか怒っている

「ご…ごめんなさい…」

思わずたじろいで謝った
抱いてくれるなら良し、駄目でも呆れるぐらいで済むと思ってたのに
とんだ計算違いに目頭が熱くなる

「…話聞いてたのか」
「うん、…」

はあ、と溜息を吐かれた
情けなくて恥ずかしくて顔が見れない
絶対呆れてるし怒りだってまだ落ち着いてないはず

どうしよう。ただ不安だっただけなのに

「っ、私帰るね…!馬鹿なことして本当にごめん!」

お金はまた今度拾えばいい
いやいっそ、今回の慰謝料みたいなもんってことでマスルールにあげよう
背中を向けて歩き出した途端視界が反転した

「話は最後まで聞け」
「ぁ…ごめ「もう怒ってない」

ベッドに押し倒されて上から覗き込まれる
顔を固定されてるからどうやっても顔が見えて怖い
けど思ってたよりマスルールの顔はいつも通りだった
髪を優しく撫でられる

「アレはまあ、本当だが…」
「えっ」
「俺はその時…子供だ」

言われてから気付いた
そうだ、そうじゃないか。マスルール小さいじゃん
いくら強くても子供に抱かれに来るご婦人方はそうそういないだろう
…いや待てよ、初物好きの人ならもしかしたら

「最後まで「き、聞きます!」

脳内で勝手に考えていたのが分かったのか顔を近づけられた
ただでさえ鋭い眼光が近づくのだから普通にびびる
同時にこれだけ近いのもなかなかないことで、顔に熱が集まる

「俺は誰ともしていない」

はっきりと断言された
その言葉に安堵すると共に、抱いていた不安がふつふつと湧き上がる
今こんな状態でも何も反応されていないってどういうこと

「あのさ、じゃあどうして私を抱いてくれないの?」

率直に疑問をぶつけた
そんな返事がくるとは思ってなかったのか、マスルールは目を見開いた
視線をずらしてしばらく沈黙が続く
ずるい。私は固定されてるから視線逸らせないのに自分だけ逃げて

「…処女が嫌?別れる時面倒だから?それとも魅力ないのかな…自分で言うのもなんだけど着痩せタイプだから脱いだら意外と「少し黙っててくれ…」

片手で口を塞がれた
噛み付いてやろうかと思ったがまあ勝てるわけない
言いたいことはまだ山ほどあるのに、と睨みあげたら赤い顔が目に入った

「…目も閉じろ」
「むい」

無理と言いたかったが手が邪魔で話せない
意志は伝わったのか嫌そうな顔された
でも、まだ赤い

「――我慢してるんだ。分かってくれ…」

さぁっと風が吹いて月光が照らす
何その顔ずるい。そういうのって普通女の子がするものでしょ
悔しくて惚れ直して、あとちょっと欲情してしまった

手と体を退かされてマスルールはそっぽを向いた
こうして背中を向けている時は、部屋から出て行ってほしいという意思表示なんだけど
私はそれを無視して大きな背中に抱きついた

「我慢は体に良くないよ。マスルールも、私も」

ぎこちなく振り返った頬にキスをする
キスぐらい何十回としたのに、なんだか照れる
はにかむと視界はまた反転していつもの顔が傍にある

「好きだよ、マスルール。全部、全部」
「ああ…」



「ヤムライハ聞いて!」
「…今度は何?」
「というか匿って!」

迷惑と分かりつつヤムライハの部屋におしかけた
今は深夜。勿論彼女も私も寝巻き姿
ベッドでも衣装箱でもどこでもいいから身を隠すとこ…本ばっかじゃないか!

「セレーナ」
「きゃあ!ま、ますっ、お願い私明日は大事な会議があるのだから、ああヤムライハ助けて無視しないでぇ!」
「…付き合ってられないわ」

担ぎ上げられて連れて行かれる私を非情にも見送りやがった
「逃げた分、増やす」という言葉に背筋が凍りついた
数日前の自分よ思い直せ。時よお金を渡す前に戻れ

「少しは我慢を覚えなさい!」
「これ以上は無理だ」




調




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