私が王宮に引き取られた時には、まだ彼も小さかった
右も左も分からない生活に一緒に戸惑いながら過ごしてきた
けれど、差はどんどんと膨れ上がっていく

気付いた時には、もう背は抜かされていた
声も出会ったときよりずっと大人びている
体格も、思考も、そして…地位も

私の四肢は来た時と同じで細いまま
何を食べてもどれだけ寝ても
過度のストレスによって発達しなかった体は、解放された今も貧相で

踊ることしか出来ない私は戦地に赴くことも出来ず
恩人である王を守ることだって出来やしない
ただただ、宴の時に、一瞬だけ全てを忘れさせる踊りをするだけ

そしてこの踊りが私の心を酷く浮き彫りにする

「王が帰ってきたぞー!」

バルバッドより王が帰還した
怪我ひとつない姿に、皆が安心して迎える
私も倣って王達を迎えた

「おかえりなさいませ、王よ」
「セレーナ久しぶりだな!大きくなったか?」
「…王、私はもう子供ではありません。抱きかかえないでください」

齢21にもなって軽々と抱き上げられる
それは昔からあったことで、周りも気にはしていない
私だけが、私の心だけが、ずきんと痛んだ

王にとって私はいつまでたっても可愛い子供
ジャーファルさんにとってもそれはさほど変わらない
…彼だけが、きっと私を違う者として捉えている

新しい食客の方々をご案内して部屋に戻る
少し見ない間に、マスルールはまた大きくなった

力の差は初めからあった
けれど私は彼の姉のような存在で、たかが1歳の差でも、守ってあげなきゃと思っていた
重い荷物を持てずとも、敵を追い払えずとも
奴隷という身分を軽視する者から守らなければと、そう思っていた

でも、要らなかった

一緒に王を守ろうと約束したのに、私にはそれが果たせなかった
充分に強くなってしまった彼は、いつしか私と口を利いてくれなくなった
呼び方も互いに"さん"と"君"を付け合うようになった

情けない。悔しい。剣術も魔術も私には向いていない
いくら鍛錬しても一向に強くならず、才能がないと落胆された
それでも私は無駄な努力を重ねていく

「私だって、私だって…!」

王を守りたい
マスルールと一緒に戦いたい
平和な地で待つだけの日々なんて、もううんざりだ

「セレーナ、よいですか?」
「は、はい!」

ジャーファルさんの声がして、涙を拭いて扉を開ける
その傍には赤髪の少女が佇んでいた
マスルールと同じファナリスで、読み書きを教えてやってほしいと
"ファナリス"の言葉に胸が痛んだ

この子は、マスルールと一緒に戦えるんだ

「明日からお願いしますね」
「…はい。宜しく、モルジアナちゃん」
「よろしくお願いします…」

去って行く背中を見つめる
羨ましい。彼女は王の役に立つことができるんだ
大切な誰かを守ることが、力が無いと喚かず立ち向かうことが
扉を閉めてベッドに埋もれ、そのまま寝てしまった

翌朝、楽しそうな声と共に剣の音が響く
銀蠍塔で王とマスルールが鍛錬をしている
なんて楽しそうなんだろう。どうして私は見ていることしかできないのだろう

「お、セレーナ!」

柱の影から見ていた私を王が見つけた
呼ばれて礼をすると、近寄ってくる

「どうした?散歩か?」
「早く目覚めたので…王、仕事のほ、いない」

なんていう足の速さだろうか
昔からそうだ。私達がこうやって仕事は?と聞くと、すぐに逃げ出す
思い出して笑うと、同時に空しさが広がった

「…セレーナ、さん」
「あ…邪魔してごめんなさい」
「いえ…」

息が苦しい。どうして会話が続かないんだろう
謝罪の言葉が喉元に引っ掛かって、蠢いている
言えば楽になれる?そんなの、逃げでしかない
私はまだ強くなれるはずなんだ、だから

「…鍛錬に付き合ってくれませんか」

驚いた表情で私を見る
その瞳を真っ直ぐに見返す
けれど、彼は躊躇いがちに首を横に振った

「ダメです…」
「そう。じゃあ他の方に頼みます」
「…そうじゃなくて」

踵を返そうとした瞬間肩を掴まれ壁に追いやられた
反応ひとつ、できなかった
こんなに、こんなにも差ができていたなんて
私も驚いたけれど、彼も自分の行動に驚いていた

「戦わなくて、いいです」
「…!っ、どうして、足手纏いだから?私じゃ王を守れないから?確かに剣術や魔法は劣るし、体力だってない。けれど、この身を盾にすることぐらいは私にだってできる…!」
「そんなの…誰も喜ばない」

そんなこと、諭されなくても分かってる
私が盾になっても王は喜ぶどころか怒り、泣くだろう
けれど、それじゃあ私は何の為に生きているの

「戦いたい…私だって皆と一緒に、一人は嫌…嫌なの…」

火急の報せを聞く度に胸が締め付けられる
怪我をした姿を見れば、泣き叫びたい衝動に駆られる
いくら踊っても、彼らの助けにはならない
もっと、もっと、強くなりたい。体も心も、全部

「王はいつも無茶ばかりするし、ジャーファルさんだって王のことになると必死で、シャルルカン達だってそう!この国が好きで王が好きで、守るためなら身を粉にしている!マスルールだって……一緒にって、約束したじゃない…」
「俺は、セレーナさんとの約束をする前に…シンと、約束しました」
「…王と?」

肩を掴んでいた手が離れた
行き場を無くした手を、剣の柄に置く

「セレーナが本当に笑える世界にする、と」

真っ直ぐに私を捉えた瞳は真剣だった
何を言っているんだろう
私は今までだって笑って生きてきた
こうして悔し涙を流すことはあっても、王に拾われる以前に比べれば、どれだけ笑っているだろう

「剣奴だった俺に姉のように接してくれました…一緒に過ごして、遊んで、ある日気付いたんです」
「…私が弱いってことに?」
「そうすね」

その言葉にぐっと下唇を噛んだ
きっと、あの頃だ
私がいくら鍛錬しても強くならず、師匠に呆れられ始めた時
マスルールは私と話すより鍛錬の時間を多く取るようになった

「俺が思っていたより強くなくて、けど…一生懸命頑張っていて、守らなきゃと思ったんです」

一言、一言、言葉を選びながらマスルールが呟いていく
それは読み書きを習っていたあの頃よりも稚拙で
まるで昔に戻ったような感覚に包まれる

「そうシンに言ったら、なら強くなれと…言われました。セレーナが弱くても、俺1人で賄えるぐらい、強く」
「私は…守られるだけなんて、嫌…」
「…俺は昔充分守られました。それを今、返しているだけです」

本当に?本当に私はマスルールを守ってこれたのだろうか
思い上がりや、自己満足ではなく
そう尋ねたかったけれど、涙が溢れて止まらなかった

悔し涙以外の涙は久しぶりで止め方が分からず、ずっと泣いていた
マスルールはそれ以上喋らずに頭を撫でてくれた
何十分経っただろうか。落ち着いた頃に、またぽつり、ぽつりと喋りだした

「セレーナの踊りは見ていて綺麗だと思うし…笑うと、元気が出ます…。弱いけど、強いんじゃないかと…」
「…マスルール、矛盾って言葉知ってる?」

首を傾げた姿は、昔のまんまだった
私は濡れた頬を拭いて彼を見上げる

「ありがとう。私は、マスルールが居ればもっと強くなれる」

きゅっと手を取り握った
その手はやっぱり大きくて、少しだけ悲しくなったけれど
強く握り返されて、安心した

「よし、じゃあ王を探しに行こうか、マスルール!」
「…ああ、セレーナ」

目に見える物は変わってしまったかもしれない
だけど、あの時の約束は、今だって変わらずに続いている

貴方は身を強くして王を守ろう
私は心を強くして、王を守ろう

そしていつか、王が全てを終えた時、気付いてしまったこの気持ちを貴方に伝えよう
綺麗と褒めてくれたこの踊りと、私が持てる全ての笑顔と共に









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