最後の夜は、月がとても綺麗だった
静かに降り注ぐ光を窓辺で浴びながら目を閉じる
明日から彼は居なくなる
海を渡ってバルバッドに向かうんだと教えてくれた

国の状態はよく知っている
貿易相手と滞っていれば、当然国益は危ない
情勢の悪化は、国民の生活に直結する

「…セレーナ」

背後から呼ぶ声がした
でも、振り向いてあげないし、近寄ってもあげない
それは私のささやかな反抗

私だって連れていってほしかった
勿論、駄々を捏ねたりはしなかった
言ったところで連れていってはくれないだろうし
行ったところで私は何も出来ない

バルバッドの治安も悪いと聞いている
あの3人は私をそんな所へ連れて行きたくないだろう
子供じゃないんだから、そんなこと分かってる
我侭だって言わない。だから、反応しない。小さい反抗

「向こうの料理も美味しいかな」

以前シンドバッド王が絶賛していたのを思い出す
此処とよく似た街だけど、どこか違うのだと言っていた
先代の王の話も沢山聞いた

皆、色んな所へ行く
その間私は、1人ではないけど寂しい気持ちになる
帰る国のない私にとって、此処は家同然だから

「シンは好きだと言ってます」
「…お土産持って帰ってきてね」

貿易でいくらでも入ってくるけど
言いたい我侭は飲み込んで、振り返って告げた
上手く、笑えただろうか

手招きされて今度は近寄る
ベッドに座っている彼に、立ったまま抱きしめられた
いつもより、弱々しい

「…どうしたの?」

こうして私が反抗すると、いつもなら力強く抱きしめてくれるのに
こんな力じゃ安心できなくて思わず聞いてしまった
顔を埋めたまま彼は答えない

「間違ってたら謝るけど、不安なの?」
「…」

小さく頷いた
不安だという彼が、愛しくなった
そっと頭を包み込むように抱きしめる

「長く向こうにいるかもしれないんだ」
「バルバッドが…どうなってるか、俺にはよく分からないんで」
「マスルールなら大丈夫。上手くいくよ」
「…セレーナが」

もぞもぞと動いたので体を離す
途中で言葉を区切って、彼は私を足の間に座らせて背中から抱きしめた
表情がよく見えないけど声はやっぱり元気がない

「先輩に誑かされないか心配っす」
「ないよ、絶対。というかシャルルカンは私のこと眼中にないよ」
「はあ…そんなモンっすかね」

抱きしめられた腕を外して向き合う
さっきよりは元気が出たのか、表情を見せてくれた
よしよしと頭を撫でる

「それに、私はマスルールを愛してるから、他の人は眼中にないよ」

沢山の気持ちを込めてそう言った
最後の夜は、拗ねてあやして愛し合って、あっという間に別れの朝になった
港まで見送りに行って、船の姿が見えなくなった後、私は少しだけ泣いた

あの時我侭を言えば連れて行ってくれたのかもしれない
駄々を捏ねれば彼を護衛から外してもらえたかもしれない
馬鹿みたいな後悔を何度も思い続ける

いつまで経っても少女から成長しない私の心

ぐだぐだとぐるぐると、私の心を蝕んでいく
本国にきた火急の報せに不安で押し潰されそうになる
どうか、どうか、最期の夜になりませんよう





「セレーナ!マスルールくんが帰ってくるよー!」

ピスティの声で王宮から飛び出る
中央市を走り抜けて港に出て、船を待つ
色んな船がやってきて、その度に探して、夕方ようやく帰ってきた

「お帰りなさい…!」
「…ただいま」

王よ、ごめんなさい
この時ばかりは誰よりもこの人が一番なの
人目も憚らず、勢い良く抱きついた

「?…船が行きより大きい気がする」
「人が増えたのもありますが…マスルール、見せてあげたらどうですか?」

ジャーファルさんに促されてマスルールが荷を降ろしてきた
大きな荷物が1つ、2つと積み上げられていく
中を覗くと見たこともない食料や布地が入っていた

「全部貴女へのお土産ですよ。勿論マスルールの自腹ですが」
「こんなに…!?」
「約束ですから」

本当の我侭は叶えられないから
だけど別の我侭にたっぷりの愛情を添えて









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