さっぱり分からない
頭から煙が出そうだ

今日は忙しいから字の読み書きが無いと思っていたのに
代わりにと知らない人がやってきた
宮中で何度か見てはいるが、話したことはない

「初めまして、セレーナと申します。ジャーファル様には遠く及びませんが、代理を務めさせていただきます」
「…どうも」

素っ気無い挨拶に嫌な顔ひとつせず、いつもジャーファルさんが座ってる位置についた
前回習った部分を軽く復習する
寝てしまったせいか、殆ど覚えていない

「…少し戻って今日は覚えましょうか」

口の端が僅かに引き攣った
まあ、覚えられないものは仕方ない

「コレが"ra"の発音です。…大丈夫ですか?」
「ちょっと休憩しませんか…」
「んー…そうですね、外に出ましょうか」

ジャーファルさんと違って優しい
何も持たずに外に出ると、落ちていた枝を拾ってきた
それを持ったまま宮中をふらつく

「あの鳥の名前知ってますか?」
「はあ、パパゴラスです」
「さっきの"ra"はそれですよ。習う前に言えるなら大丈夫ですね」

地面に棒で文字を書く
その前後にまた文字を付け足した
これでパパゴラスと読むらしい

「パパゴレッヤは書けますか?」
「ぱ…これと一緒ですね」

棒を渡されて地面にごりごりと書いていく
さっき書かれた文字を見て、多分これで合ってるはず
書き上げて顔をあげるとにっこり微笑まれた

「当たりです。はい、どうぞ」

差し出されたのはパパゴレッヤのジュース
礼を言って受け取り、一口飲んだ
ジュースを飲みながらまた宮中をうろつく

槍や剣、本や食べ物の名前
目についたものをその都度地面に書いて教えてくれた
普段よく見ているものだからか、覚えやすいし、机に向かっているより数倍楽しい
俺が文字を覚える度に、まるで自分のことのように喜んでくれた

「あっこっちです、急いで!」

廊下を歩いていると突然呼ばれて、壁に隠れる
こっそり覗くとジャーファルさんが人を引き連れて通り過ぎた
また隠れて隣を見ると小さく笑った

「これが"隠れる"です。こう書き…あら」
「こうですか」

宮中の床じゃ書けないのか手が止まった
その隙に棒を取って、無理矢理書いてみた
破片が散らばったがまあ良いか

「…驚きました。噂にはお聞きしておりましたが、凄く力が強いんですね」
「まあ、ファナリスなんで」
「私は貴方達の行動の方に驚きましたよ」

2人で振り返ると、凄い顔のジャーファルさんが立ってた
この人は匂いが無いから気付きにくくて困る
やばい、と思ったけど、セレーナさんの方がもっとやばいって顔をしてた

「セレーナ、貴女は優秀だから頼んだんですが…」
「すみませんジャーファル様!天気が良いものでつい…本当に申し訳ありません」

深々と頭を下げる
それに対して溜息を吐くジャーファルさん
なんだか面白くない

「俺が外に出たいと無理矢理連れてきたんで、彼女は悪くないです」

間に割って入ると、ジャーファルさんが目を見開いた
後ろでも驚いた声があがる

「…マスルールの力にセレーナが勝てるわけありませんしね。分かりました、でも王宮を壊すのは止めなさい」
「すみません…」
「それじゃあ後も頼みます」

ジャーファルさんが去ろうとすると、慌てて頭をまた下げた
姿が見えなくなってからゆっくりと顔を上げて、此方をまじまじと見てくる
そして思い出したかのようにまた頭を下げた

「有難うございます。私が至らぬばかりにご迷惑をおかけして…」
「休憩したいって言ったのは俺です」
「ですが外に出たのは私の判断です。申し訳ございません。出来ることがありましたら精一杯努めさせていただきます」

さっきまでにこにこ笑っていたのに
やっぱりなんだか面白くない
ふと目に入った床を見て、思いついた

「じゃあコレ片付けるの手伝ってくれませんか…?」

一瞬ぽかんとする
俺と指差した床とを交互に見比べて、今度は笑った

「はい、喜んでご一緒させていただきます」

2人で片付けてまた宮中を巡って
あっという間に時間は過ぎた
部屋に戻ると、深々と礼をする

「それでは私はこれで失礼させていただきます」
「…ありがとうございます」

俺も頭を下げると慌てた様子で上げさせられた
顔は笑っていたけど、どこか淋しそうにも見えた
そういう顔は好きじゃない

「恐れ多いことです。それでは…」
「あ…ジャーファルさんに伝えてくれませんか」
「はい。どのようなご用件でしょうか?」
「出来ればずっと忙しくなっといてください」

目をぱちくりとさせて、そして、笑った
「確かに伝えておきます」と笑いながら行ってしまった
机の方に向き直って山積みの宿題を見る

明日も明後日も、外に出て覚えれたらこんなもの要らないのに
逃げてしまおうかと考えたけど、褒めてくれる顔が浮かんで、渋々1つ手に取った









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