夜明けのコンツェルト | ナノ


 

誰かに触られている感覚で、目が覚めた。

薄くまぶたを開く。いつもどおり、自分の部屋の天井だ。どうやら寝てしまっていたらしい。ちゃんとベッドの上にいる。

さっきの感覚はなんだったのだろう、と寝ぼけ頭で考えながら起き上がろうとしたそのとき、ようやく名前は異変に気付いた。両手の自由が利かない。何かで縛り付けられているような感覚までする。


「……え?」


完全に目を覚ました名前は、自分の状態を目にして唖然とした。両手首、両足がビニール紐で縛られている。おまけに足は太ももの部分と足首の二箇所に、少し緩いとはいえ解けないように縛られていた。
いったいこれはどういうことだろう。先ほどまでのことを思い出そうとして、首元にあたった冷たさに肩が跳ね上がった。


「Good morning」


笑みを含んだ、耳朶を擽る低い声。この声に聞き覚えがあった。しかもつい先ほど聞いたような声。おそるおそる声のする方に首をひねると、そこにはやはり、先ほどの男がいた。息がかかるような距離で、隻眼を楽しそうに眇めながらこちらを見ている。


「……」


名前の頭は完全に覚醒し、そして先ほどのことを思い出した。この男を縛っていたビニール紐を切ってやったら、その直後首の後ろを叩かれて気絶させられたのだ。思い出したとたん、首の後ろ側がじんじんと痛んできたように感じる。


「あんまり動くなよ」

「……」


名前は、自分の首に差し付けられているものを思い出した。ハサミとて、用途によれば立派な凶器だ。何処となくこの状況を楽しんでいる男を恨めしげに見て、彼女は溜息を吐いた。


(やっぱり通報しておくんだった……)


あれが人生のターニングポイントだったとしたら、確実に自分は道を踏み外したといえる。家紋なんかに惑わされず、さっさと通報してしまえばよかったのに。ああ実家のお母さんお父さん。馬鹿な子どもでごめんなさい。脳内で父母に別れを告げる。


「おい」

「何ですか……」

「いくつか答えてもらいてぇんだが」

「……はぁ」

「出口はどこだ?」

「は?」


通帳はどこだ、金はあるか。そんな質問がくると予想していたのに、予想のななめうえをいく質問に思わずそんな声が出てしまった。拍子抜けである。出口は何処かと聞かれても、見れば分かるだろうと言いたくなった。名前の家は学生にしては広い方なのであるが、それでも部屋数は二部屋しかないのだ。


「……あそこ、ですけど」


それでも、凶器を持つ男に抵抗することはなるべく避けたい。おとなしく目で場所を教えると、男は頷いた。


「もうひとつ。俺の刀は何処へ隠した」

「あそこのクローゼットの中です」

「……くろー、ぜっと? 何だそりゃ」

「え?」


再び驚いてしまった。まさかと思うが、クローゼットを知らないというのか、この男は。しかしそれを言及すると面倒なことになりかねないので、とりあえず名前は場所をまた目で指し示した。


「あそこの、茶色い扉の中です」


男は名前が示した場所に行くと、何もせずに立ち止まった。
しばらくそこで考え込むように立っていると、踵を返して名前の横たわるベッドまで戻ってきた。おもむろにハサミを名前のビニール紐に当てると、なぜか刃の部分をビニールに当てて削り切るという効率の悪い方法で、手首部分の紐だけ切ってしまった。

そして、横たわる名前を抱き上げた。


「んな!」


抱き上げられたまま、彼女はクローゼットの前まで連れてこられた。これから何をやらされるのだろう、とびくびくしながら待っていると、抱き上げられたまま男に「扉を開けろ」と指示された。


「何が出てくるかわかんねぇからな……」


小さな呟きが名前の耳に届いたが、何も言わずに彼女はおとなしく抱き上げられたまま、クローゼットのつまみを引っ張った。荷物が少ないせいで整然としているクローゼットの中には、朝と変わらない姿で日本刀が六本、置かれていた。


「……よし」


名前をその場に下ろさずに、わざわざベッドまでおろしに行った。不思議そうな目で男を見ていると、紐を手に彼女の手をとった。名前も抵抗するでもなく、おとなしく手首を差し出した。元のように手首を縛り終えると、男はクローゼットの中から慎重に六振りの日本刀を取り出した。
そうしてその中の一本を鞘から抜き出すと、電灯の光に当ててその刃文をじっくり眺めた。

音もなく鞘から引き抜かれた刀は、電灯に反射して鋭く輝いていた。あまりに強い光に、名前は言葉もでなかった。黒光りする刀身には複雑で、それでいて均整のとれた刃文が浮かんでいる。

男は六振りすべての日本刀を抜き出し、刀身の様子を見終わると、何をするでもなくそのまま鞘の中へ収めた。それを六回繰り返してようやく、ベッドで横たわる名前のほうへ向いた。目を見開いて自分を見ている彼女に、男は小さく笑った。


「安心しろ、殺しやしねぇ」

「……は、はぁ」

「邪魔したな」


そういって、六振りもの刀を順々に腰に差すと、重さを感じないような速度で男は先ほど示した玄関のほうへ歩きさった。しばらくはドアノブをガチャガチャやっていたようだが、少ししてドアを開けて出て行った。かつんかつん、という足音が、だんだん遠ざかっていく。


「……なんだったんだ」


出て行ってから少しして、名前はひとりごちた。本当に、いったい何だったのだろう。そういえば男の正体も聞いていない。あの日本刀はいったい何に使うのか。扱いから察するにあの男の所有物らしい。


(とりあえず……どうしたもんかなぁ)


名前は、縛られている自分の手首を見下ろして、溜息をついた。きつく結ばれていないので痛くはないのだが、解こうとしても緩まない。あの男が使っていたハサミはどこにあるのか、と目で探す。すると、はさみはベッドから少し離れたテーブルの上に置いてあった。それを発見して絶望感を覚えた名前だが、このままではどうにもままならないのは目に見えている。そう思い、意を決してベッドから這い出た。

芋虫のようにずりずりとベッドからテーブルに近づく。そして必死にテーブルを揺らし、ハサミを床に落とした。そうして落としたハサミを口でくわえることに成功した。ここまでで彼女の息は完全にあがっていた。


(きっと今の私はものすごく無様な格好をしているんだろう)


いもむしのようにもそもそと動いて、口にはハサミをくわえている。しかし、こんな格好をしても一人暮らしなので誰も見咎める人は存在しない。

夜になる前に早いところ紐を切ってしまおう、と名前は口にくわえたハサミで紐を切ろうと奮闘し始めた。はさんで切ってしまえば早いのだがいかんせん、そんなに器用でもない。先ほど男がしてみせたように、効率は悪いがハサミの刃物部分を使ってゆっくりとビニール紐を擦り始めた。

そんな時。


がちゃり。


先ほど閉まったはずの玄関のドアが再び、開いた。




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