夜明けのコンツェルト | ナノ


 

大学の正門から自転車を漕ぐこと約十分。名前は自宅に帰ってきた。

彼女の住んでいるところは、普通の、いたって普通の学生マンションである。
何らかのいわくがついているほど古くもないし、また新築でもない。漫画に出てきそうな奇抜で妙な隣人などもいないし、大家も口うるさくはない。むしろ大家はこのマンションには住んでおらず、たまにしかやってこないというほどである。

三階まで階段を上り、ようやく到着した自宅の玄関の鍵を開けた。自分の家だというのに、忍び込むかのようにおそるおそる扉を開く。もしかしてあの厳重に施したビニール紐から抜け出して待ち構えていたりして……という恐ろしい考えが頭の中をよぎった。自分で自分を怖がらせてしまったことを後悔しながら、物音を極力立てずに部屋に入る。

見たところ、部屋の中にはいない。何の変化もない自室の様子にほっとした名前は、忍び足でベランダまで行ってみた。カーテンの隙間からこっそりベランダの様子を伺い見る。


――いた。朝見た場所に男はいた。


しかしもう目が覚めているようで、足音に気付いたのかこっちを見ていて、目が合ってしまった。男は眉間にふかぶかと皺を刻んでこちらを見ている。というより、最早睨んでいると言ってもいいほど、ものすごい形相で名前を睨みつけている。


(ひぃいい)


名前は思わずカーテンの陰に隠れた。男は何故か片目に眼帯をしているが、片目だけの眼力で怯んでしまった。


(どうしたもんか……)


このままにしておくわけにもいかない。特に目立った交流はないとはいえ、お隣さんの目も多少は気になる。

ええいままよ、と名前は行動にうつった。彼女は急いでキッチンに行くと、コンロに置いたままにしてあったフライパンを持ってきた。いざという時の武器にもなるし、何かあった時の盾にもなるはず。見た目はさぞ変だろうがしかたあるまい、有事なのだ。

そうして、意を決した彼女はベランダの戸を開いた。



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