時刻は午後2時半。大学の3限目が終了した時刻である。講義が終わって晴れ晴れとした顔の学生で廊下はあふれかえっていた。
雑踏の中、本日の講義を全て受け終えた名前は、出口に向かって足早に廊下を歩いていた。今日は2限と3限しかないという、一週間のうちで一番楽な時間割の日なのである。
いつもならこの後、買い物やお茶をして帰るのだが、今日はそうはいかない。
(流石に放置したままじゃだめだし)
彼女の意識は現在、自宅のベランダで眠る男にある。買い物やお茶はもちろんしたいが、放置したままではまずい。溜息をつきながら歩く名前の背に、聞き慣れた声が掛けられた。
「名前!」
彼女がその声に振り返ると、可愛らしい女子学生が向かって歩いてきていた。
髪を茶色に染めて、可愛らしい格好でこちらに駆け寄ってくる彼女は、いかにも現代風の女子学生という感じだが、中身は非常に気さくな人物である。見た目とは裏腹に、漫画やゲームに詳しかったりする。
「おー、お疲れ」
「お疲れー。ね、名前。今日これから暇? 買い物付き合ってくんない?」
一年生のころからの友人である彼女とは頻繁に買い物に出かける。趣味が合うのだ。今日もそのお誘いらしいのだが、残念そうに名前は首を横に振った。
「ちょっと、これから家帰らないといけなくて」
「えー、そうなの? 何かあった?」
「ん、ちょっとねぇ」
ちょっとどころではなくかなり重要な案件なのだが、友人とはいえ他人に話すと話が大きくなるような気がしたので、名前は黙ってとりあえず謝っておいた。彼女はしょんぼりとした表情で「そっかー」と呟くと、今週の土曜に遊ぶ約束を取り付けてその場を去っていった。
(あーあ。行きたかったなぁ)
名前は肩を落とすが、こればっかりは仕方がない。動きの鈍い足は、学内の駐輪場へと向かっていた。
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