夜明けのコンツェルト | ナノ


 

とりあえず名前は自分の目を疑ってみた。

ここはベランダで、一応はマンションの三階である。近所の悪ガキも、不届きな下着泥棒もなかなかあがってこれない高さなのだ。
起き抜けなので、幻覚でも見てるのではあるまいかと目をごしごし擦ってみても、目の前の光景は変わらない。最初と同じく、日に焼けたコンクリートの上で、男は依然うつ伏せになって倒れていた。


「……うそーん」


何だか変に気が抜けてしまって、名前はその場に座り込んだ。人間って、どうしようもなくなると力が抜けるんだー、と妙に落ち着いた気分で心の中で呟いてみる。

とりあえず、倒れている男は微動だにしないのでまずは観察してみた。
暗い茶色の髪の毛が床に散らばっていて、顔は見えない。それにしても奇怪な服装である。青色を基調として、和服のようなデザインの服に金属のような素材で出来た籠手のようなものをつけている。下半身に至っては戦国時代の甲冑そのもののような格好だ。そしてその服の背中部分には、大きな模様が描かれていた。

最近はこんなものが流行っているのだろうか、面妖な……とは思いながらもなぜか、名前はその模様に見覚えがあった。


「あれ……どっかで見たんだけどな」


その模様は、青地に白で染め抜いたわけではなく、銀糸で精緻な刺繍がされている。
竹と雀。向かい合う二匹の雀を、葉を茂らせた竹が囲っている。この見覚えのあるマークが何を指しているのか、この時の名前には分からなかった。

それにしても、と名前は思う。先ほどからしばらく男を観察しているのだが、身動きをした様子はない。すでに死んでいるのかも、と一瞬考えたが、よく見ると胸が上下していたので呼吸していることが分かって少しほっとした。

しかし男の傍らに置いてあるものを見た瞬間、名前は戦慄した。


(……!)


日本刀。

名前の背筋に冷たいものが流れた。男の傍らに、六振りもの日本刀が転がっている。本物の日本刀は見たことがないが、柄などの汚れ具合からして、相当使い込まれたものに違いない。本物か、いや模造刀であっても恐ろしい。


(しっかし、何で六本もあるのだろうか……?)


よく、時代劇などでは侍の腰には多くて二本しかない。それも、二本とも長さが異なるものを腰に挿している。使い込まれた六本もの刀をこの男はどうやって使っていたのだろう。


(いったいどんな持ち方をするんだろう)


のんきに考えている名前であるが、このままにしておいて男が目覚めたとき、とても危ないということは分かる。幸い、男は意識を失っている。その間にこれを遠ざけてしまおう。

立ち上がった名前は忍び足で男のそばに置いてある六本もの日本刀の傍らに近寄った。近くで見るほど、使い込まれた感じがして、本物のように見える。

音を極力立てないように持ち上げようと、恐る恐る六本のうちの一本を掴んで持ち上げる。予想していたより結構重たい。


(重たいってことは……やっぱり)


少し汚れた柄を握り、思い切って鞘から刀身を抜いた。僅か数センチの間できらめく刃に、見慣れていないためか体中が震えた気がした。


(本物だ……)


本物の日本刀を六振りも所持し、不法侵入している男。

警察、という単語がちらついたが、電話する前にこの凶器をどこかに隠してしまわないといけない。途中で起きてしまっては大変だ。名前は急いで日本刀を回収した。約6kgは非常に重たかったのだが、火事場のなんとやらで胸に抱えて部屋に戻るとクローゼットの中に押し込んだ。
そして、充電器に繋いでいた携帯電話を手に、再びベランダへ戻った。



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