夜明けのコンツェルト | ナノ
時刻は午後四時を回ったところ。
そろそろ買い物に行かなければ、歴戦の主婦たちの戦いに巻き込まれてしまう。
意を決した名前は、立ち上がった。
「じゃあ、行きますか」
「おう」
心なしか、政宗は楽しそうな様子だ。順応性が高いというか、未来の世界がどうなっているのかが単純に気になるのだろう。
そわそわと落ち着かない政宗を尻目に、名前はかばんから財布を取り出すと中身を改めた。少し心もとないが、どうにかなるだろう。
彼女は、世話好きな親の仕送りにはほとんど手を付けず、バイトで稼いだお金しか使おうとしなかった。
しかし、こんなことが起こったのだ。そうも言ってられない。
銀行に行かないとなぁ、とぼんやり考えながら財布をかばんに戻す。かばんの中にエコバッグがあることを確認して、それを肩にかけた。
「じゃあ伊達さん。行きますよ」
「お、おう」
名前は、玄関に置いてあるヘルメットを二つ持ち、扉を開けた。
しかし、その瞬間にとあることに思い至った。
「伊達さん……くつ」
「Ah?」
政宗は、普通に自分の草履を履こうとしていたところであり、名前を不思議そうな目で見ていた。
「どうかしたのか?」
「いやだから、くつ……」
「?」
「現代で草履履いてる人はあんましいないんですよ」
「あー……そうか。洋装だもんな」
政宗は自分の格好を見下ろしながら呟いた。カーゴパンツに草履。しかも藁で編まれたただの草履ではなく、皮を鞣して作られたもののようだ。底の縁には泥が付着していて、使い込まれているのがわかる。
「これじゃいけねぇか?」
「絶対、というわけではないんですが、今から乗るものがちょっと……」
「何か乗るのか?」
馬ならこれで十分だろう、と政宗は至極当然に言ったが、現代で馬に乗るなど趣味の範囲か、職業上の都合でしか機会がない。
(運転手さえ普通に靴履いてりゃいいんだっけなぁ。まあいっか)
「ええ。馬ではないですけど、……まあ、似たようなもんです」
「……牛?」
それとも驢馬か?
と、ブツブツ呟いていた政宗を放置して、名前は玄関を出た。まあ、どうにかなるだろう。
(我ながら楽天的すぎるなぁ)
慌てて出てきた政宗を待ってから、玄関を閉め、鍵をかけた。
prev next
back