夜明けのコンツェルト | ナノ
「……じゃあどうして、あんな鉄の塊が動いている? お前らはどうして洋服を着ている?」
未来じゃないなら、ここはどこだ。
懇願にも似た男の問いに、名前はもぞもぞと転がるようにテレビの前までやってきた。両手首を縛られてはいるが、別にできないということでもない。四苦八苦しながらゲーム機の電源をつける。そしてコントローラーを握り、後ろの方で名前をじっと見ている男に振り向いた。
「今からお見せしたいものがあります」
たぶん、言葉で言っても理解は出来ないだろう。ならば実際に見せるしかない。
(……ショックを受けるかな)
自分が虚構の存在だと知って、この男は何を思うだろう。心に傷を負うのだろうか。はたまた、やけになってこの部屋を飛び出してしまうかもしれない。しかし、嘘をついて「ここは未来だ」といったところでどうなるというのだ。
(そして、もしかしたらだけど)
彼はもしかしたら、ここから出てきたのではないか? そうすれば、ここからまた戻れるのではないか? 憶測ではあるが、その可能性は否定できない。
恐る恐るゲームを起動させる。躍動感のあるオープニングはひとまず飛ばし、キャラクターごとのストーリーをチェックする。肝心の男――伊達政宗はテレビから距離を取りながらこちらを物珍しそうに見ている。
コントローラーをいじって、ゲームを操作する。
「やっぱり」
名前の予想通り、キャラクター一覧の中に、伊達政宗は存在しなかった。なぜか彼のいた部分だけがぽっかり抜けている。ほかのキャラクターとの関係はどう変化したのだろう、と気になって少しいじっていると、すぐそばに気配を感じた。
「……なんだ、こりゃあ」
かすれた声が耳に届いた。驚きと恐怖とが入り混じった声。やっぱり驚くよなぁ、と名前は言葉を慎重に選びながら説明する。
「この風景に、見覚えはありませんか」
コントローラーを操作して、伊達政宗のステージである摺上原をテレビに映した瞬間、傍らの政宗は硬直した。
「摺上原、じゃねぇか……」
隻眼を見開きながらまじまじとテレビ画面を見ていたが、赤いライダージャケットのような服装の武将が登場した瞬間、政宗の目の色が変わった。
「真田、幸村……」
昨日借りたばかりで全くキャラクターの名前と顔とを把握していなかったため、名前は自分が操作しているキャラクターが真田幸村であるとは知らなかった。
「え、真田幸村? これが?」
赤いライダージャケットのような服装に、二本の槍を持っている。操作キャラクターなので後ろ姿しか見れないが、政宗は頷いた。
「奴がいるってことは……もしかして他のやつもいるのか?」
その問いに、名前は首を捻った。
「他のやつって、他の戦国武将ですか?」
「……いるのか?」
「ええ、多分。いると思います」
摺上原のステージから引き上げ、再びキャラクターの一覧に戻る。先ほど見た赤いジャケットの男は、政宗の言うとおり真田幸村であった。茶色い髪に童顔で、ゲームのケースでは伊達政宗と向かい合うように描かれている。どうやら何らかの関係にあるらしい。
ひとつずつ見ていくと、キャラクターごとに政宗は反応を示した。どうやら全員を知っているようで、時には驚いたり、表情が硬直したりしていた。
(……このゲーム、多分キャラ同士が対戦するゲームだよね)
こっそり、ケースの中に入っていた説明書を見る。一人のキャラクターを操作して、そのキャラごとの物語があったり、各国の武将を倒して天下統一が出来たりするそうである。
どうやらこの男は、信じがたいが本当にこのゲームから出てきた「伊達政宗」というキャラクターらしい。こっそりと男の顔と、ケースにある伊達政宗と比べても、どう見ても同一人物である。
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