夜明けのコンツェルト | ナノ
床に寝転んでいる状態の名前では、ドアを開けた人物が誰かは分からないのだが、なんとなく察しがついていた。
カツンカツン、とフローリングに靴がぶつかる音がする。その足音は、名前のすぐそばで止まった。
頭上から痛いほど視線を感じる。
「……おい」
手で転がされ、うつぶせになっていた名前は天井を向くことになった。
そしてそこには、予想通りの人物がいた。
「どうして……」
先程、この部屋を出て行った男がいた。腰に差している六振りの日本刀を抜き取り、それを床に置いてしまう。その傍らにどかりと床に腰を下ろすと、無表情のまま名前を見下ろした。
「……あのー」
「……」
「えっと……」
男は無表情のまま口を開こうとはしなかった。何処に目を向けるでもなく自分を見下ろしているので、彼女は居心地悪そうに身をよじった。
反応のない男に、とりあえず体勢を立て直そうと思い名前はもぞもぞと動き出した。四肢の自由が失われているため傍から見れば無様なことこの上ないだろう。
恥ずかしさに顔をしかめながら奮闘する彼女に突然救いの手は差し伸べられた。いきなり脇の下に腕を入れられて「うひょ!」と声が出てしまった。そのまま抱き起こされ、ベッドのふちに置かれる。
名前を助けた人物はもちろん、彼女を拘束した張本人である。男は沈んだ表情を何一つ変えることなく彼女を抱き起こすと、またフローリングの床に腰を下ろした。目線は先ほどと同様に床へ向けられている。
(いったいどうなってるの……?)
ついさっき、「邪魔したな」と恰好よく告げて部屋から出て行ったこの男はものの十分程度で再びこの部屋へ舞い戻ってきた。わけが分からない。
「あのぅ」
彼女は再び男に声をかけてみることにした。男は目線を床から名前へ移した。今度は反応があった、と安心する。
「忘れ物でも……あったんでしょーか」
隠していた日本刀は全て返却した。ベランダにも他に物は落ちていなかったし、特に忘れ物はないと思うのだが一応聞いてみることにしたのだ。
「気が変わったからお前の命をもらう」とかいう世にも恐ろしい展開になりやしないだろうかと内心びくびくしていた矢先、男が口を開いた。
「ここは……どこだ」
「え?」
まさかの場所についての質問である。
「ここって……えーっと、京都府の、」
「そうじゃねぇ」
「?」
場所を聞いているのではないのか、と不審そうな顔をする名前であったが、次に男が発した言葉には目を剥いてしまった。
「ここは、戦国乱世なのか?」
男は依然無表情であったが、その瞳はどことなく寂しそうだった。
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