夜明けのコンツェルト | ナノ
(な、何とかなった)
この十分間で、名前は非常に疲弊した。極力あの青いふんどしとその下を目に入れないようにしていたせいで変な姿勢をとることになってしまい、首と背中が非常に痛い。
「ほう。こういう風に着るのか」
自分の着ている服を、物珍しげに裾を引っ張ったりしながら見ている。彼に着せたのは灰色の長袖のVネックTシャツに、カーキ色のカーゴパンツである。
カーゴパンツは昔、通販でサイズを大幅に間違って注文してしまったものである。返品も出来ず、捨てるにも捨てられなくて箪笥の奥深くに眠っていたものだが、今日ようやく日の目を見た訳だ。
灰色のVネックに関しては、女物のため少々きつそうだが、体のラインが綺麗なため違和感はない。
「……伊達さん、スタイルいいですねぇ」
思わずもれた呟きに、政宗は首をかしげる。
「style?」
「ええと、体の肉付きの均整が取れているっていう意味です」
「そういうことか。まあ、当然だな」
ふん、と軽く鼻を鳴らす政宗に少々いらっとしたが、取り合えずどうにか一時しのぎの服は用意できたわけである。
「さて、これから買い物なんですが……」
「おう」
「少々、現代の社会について貴方にお話しようと思います」
「何だよ、まだなんかあるのか」
「これを見てください」
不満を漏らす政宗に、名前は構わずにテレビへと近づく。ローテーブルに置いていたリモコンを取り上げると、今の時間なら昼ドラ終わった頃かなー、と思いながら電源ボタンを押した。
電源のついたテレビの傍らに立ち、名前は言う。
「これ、どう思います?」
そう問いかけた。彼は興味深そうにそれを見つめ、そのまま呟いた。
「さっき見たあれだろ? 名前は……わかんねぇけど」
「これはテレビっていいます」
「てれび? なるほどな」
たとたどしい口で「てれび、てれび……」と何度も繰り返し呟く政宗を微笑ましく思っていたのだが、彼は不意に立ち上がるとテレビの画面の前に座り込んだ。
「おい、お前」
その光景を目にした名前は思わず腹筋に力を入れ、肩が震えないようにするのにものすごい体力を消耗した。
(テレビに話しかけてるよ! この人!)
うひゃひゃ、と思い切り笑ってやりたいところではあるのだが、仕方ないとも思う。なんてったって戦国BASARAの中には無論テレビなんていうものはないし、初めてこれを見た人は、この薄い箱の中に人間が入っていると思う。
今はテレビ電話があるからそこまで変な光景じゃないけどね、とようやく笑いが収まったところで、名前は政宗の傍らに歩み寄った。
「伊達さん伊達さん、話しかけても伊達さんの声は聞こえてないですよ」
「What's?」
「これは、映像、といいまして、遠く離れた人の姿を映す機械なのですよ」
「機械……からくりって、やつか?」
「そうそう。からくり」
何と古風な言い方をするのだろう。違いはないのだが。
テレビに関して詳しいことは名前も知らないので、原理は説明しないでおく。
「というわけで、いくら話しかけてもこのおじさんは反応してくれません」
無表情でニュースをお届けしている壮年のおじさんは、相変わらずテレビカメラと手元の資料とを見ながら単調に読み上げていた。
「ほう……」
テレビ画面を近距離で興味深そうに見つめている政宗に、今度テレビの見方も教えないと、と思わず苦笑を漏らした。さすがにこんな近距離で見ていると、見慣れていない分気分が悪くなったりしてしまうだろう。
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