戦になると主は変になる。
否、本性を現すのか。
「ああ、良い……!」
声もいつもと違う。いつもはもう少し低い。
それに戦場に立つと妙に体をくねらせる。少し前にまるで女か蛸のようだと告げれば大層笑ったあと一時間ほど追い回された。
よく分からない。
「……光秀様、お気を確かに」
「何を言っているんです。そんな貴女こそお気を確かにですよ」
「だって光秀様その人、もう死んでます」
「あぁ」
そう言って彼は愛用の二鎌の先にぶら下がった人間、否すでに肉塊と化したものをまるで塵でも払うかのように振り落とした。
しかしべとりと張り付いた肉片はなかなかはがれてくれない。
「あれ。なかなか取れません」
「ちょっと。あまり振り回さないで下さい。血が飛んできます」
「すみません」
悪びれなく謝ったあと、彼は鎌の切っ先をこちらに向けてきた。またか、と刀を構えたが彼は首を傾げた。
「何をしているんです。ほら、突っ立ってないで早く取って下さい」
「取るって……この肉をですか?」
「他になにがあるんです」
さも当たり前にいう主にため息を一つ差し上げた。
「嫌ですよ」
「何故ですか」
「だって、手が汚れます」
「今更でしょう」
「血で柄が滑ってしまいます」
「気合いで握って下さい」
「わあ。光秀様から気合いなんて言葉が出るとは思いませんでした」
「私はいつでも気合い十分ですから」
「じゃあその気合いをいかして取って下さい、自分で」
「この不敬者め」
どうしたものでしょう、と少し困り気味に呟いてから、不意に彼は側にあった岩に鎌を擦りつけた。
ギュインギュイン。なんて嫌な音だろう。
「ああっ良い……!」
たまに思う。この人は馬鹿じゃないだろうかと。
例によって命が惜しいので口には出さないが。
悲しいお知らせがあります
「光秀様やめてください」
「ぞくぞくとしませんか?」
「します」
「気持ち良いでしょう?」
「光秀様だけです。ほら、悲しいことに敵だけでなく味方武将まで倒れていく」
「良いじゃないですか別に」
二人だけの方が気楽だ、と主は笑った。
部下はまた重い溜息を一つ主に贈った。
2008/08/12