蝉の声。簾から差し込む強い日の光。じとじとと肌に纏わりつく重い湿気。
「暑い。暑過ぎます」
そう主が呟いた。それを黙殺したら鎌が振り回された。
黙って刀を抜き鎌の軌道を逸す。キィン。甲高い金属音が薄暗い部屋に響く。
見事に私の首の辺りを狙うあたり、彼がどれほど苛々しているのかが分かった。
「光秀様、首を刎ねようとしないで下さい。びっくりします」
「私を無視するからです」
「独り言でしょう?」
「助けを求めてたんです」
「暑さから?」
「そう、暑さから」
「残念、救助不可能です」
少し冷たく言い放つとまた鎌がとんできた。癇癪持ちの子どものようだ。
癇癪で殺されるには命が惜しいので口には出さないが。
「なんとかしてください」
「なんとかって……例えるならどのような」
「上杉謙信を呼んでくるとか」
「氷漬けにされますよ」
「かき氷作ってくれませんかねぇ……」
「光秀さまが凍らされたならそれでかき氷を作らせていただきます」
「それじゃ私が食べられないじゃないですか」
「そもそも氷漬けにされてる時点で死んでいるので食べられませんよ」
「ままならないものですねぇ」
「ええ全く」
蝉の声が響く部屋の中で、ぼんやりとした会話の応酬。
ああ。少し眠くなってきた。
「こう暑いと血を浴びる気にもなれません」
「熱いですもんね、血液」
「まるでお湯ですよお湯」
「臭いますしね」
「蚊も寄りますから困ります」
話している内容は凄惨だというのに、何とも気の抜けた会話だろう。
ふと、主は何か閃いたようで覇気のない目に光を灯した。
「良いことを思い付きました」
「なんでしょう」
「貴女が氷漬けにされれば良いのです」
「嫌です」
「何故ですか」
「かき氷、食べられないじゃないですか」
「ああ、そうでしたね」
それに貴女がいなければつまらないし。
そう呟いた主の顔に思わず見入ってしまった。
頭、大丈夫だろうか。
死人に口なし(それに貴女がいないと信長公に会いに行けませんし)
(まだ諦めてなかったんですか)
(何言ってるんですか、当たり前でしょう)
2008/08/12