小太郎はしゃべらない。
何でかは知らない。だって、しゃべらないから。
でも病気とかそんなのではないらしい。それは良かった。
「お腹空いたねぇ」
お昼休み。私と小太郎と後佐助は教室でお昼ご飯を食べることにした。
いつもの騒音の原因である真田くんは、今日風邪を引いていて珍しいことに学校を休んでいる。
そのせいだろうか、伊達と佐助の様子がいつもと違っていた。伊達は何だか元気がないのに、佐助はむしろ生き生きしている。不思議だ。
私の言葉に、左隣りに座っている小太郎が頷いた。
嗚呼、可愛い。
へにゃりと顔を緩めていると、右隣りの佐助からじと目で見られた。
「何か気持ち悪いんだけど」
「うるせぇオレンジ頭」
「それ今関係ないじゃん」
ぶう、と佐助が頬を膨らませたが可愛くなかった。むしろ何だか怖かったので小太郎の方を向いた。
現在彼はお弁当の包みを開いている。何とも古風なお弁当である。
「もしかして、北条のじーちゃんに作ってもらったの?」
そう尋ねると、こくんと頷いた。
小太郎は前髪で目許を隠しているので表情が読み取りにくいのだが、口元が少し綻んでいる。嬉しいのだろう。
「良かったね」
そう言えば、また頷く。やはり可愛い。胸がきゅうと鳴った。
えへえへ、と笑っていると、視界の端でオレンジが動いた。
「隙あり! へへ、たまご焼きゲット」
「へ? ――ってあー! 今日は自信作なのに!」
右の方を見れば佐助が意地の悪い顔をしながら私のたまご焼きを指でつまんでいた。気を抜いていたらお弁当箱からさらわれたらしい。
「それ今日頑張って作ったのに。返しやがれ!」
反撃したが奴は素早くたまご焼きを口の中に入れてしまった。嗚呼、ちくしょう。
「色も形も完ぺきだったのに……」
「そうケチケチしないでよー。確かに見た目は良かったけど味はそれほどだよ?」
口をモグモグさせながらのたまった奴に殺意を覚えた。
「盗み食いした分際でよくそんな口が……!」
「いいじゃん別に。第三者の目で見なきゃダメだよ料理はー」
「くっ……!」
確かに一理あるので反論出来なかった。
言葉が見付からなくて黙っていると、佐助はあろうことか私に向かって口を開けてきた。
「もいっこちょーだい」
「貴様にはピーマンがお似合いだ!」
「ぐぇ!?」
醤油で煮たピーマン(昨日の晩の残り物)を箸でつまみ、喉の奥まで突き刺してやった。
予想通り佐助は目を見開いてむせた。
「ちょ、ゲホッゲホ! ゴホッ何すんの馬鹿! ゲホッ」
「ざまぁみろ。そして馬鹿は貴様だ佐助」
ハハハ、とせせら笑っていると小太郎にちょいちょい、とつつかれた。
「ん? どしたの?」
するとあろうことか、小太郎も口を開いた。
びっくりだ。
「……食べたいの?」
尋ねると、頷かれた。しかも力強い。
「……あんま美味しくないよ?」
ふるふる。
小太郎の朱色の髪が左右に揺れた。
うーん、と考えてから私は苦笑してたまご焼きをつまんだ。
「仕方ない。あげる。
あーん」
隣りで佐助がうっわーとかせこい! とか言っていたが無視だ、無視。
モグモグと咀嚼する小太郎に、恐る恐る尋ねてみる。
「……どう?」
すると、頷いた。その口元は笑みの形をしている。
「美味しい?」
こくんこくん。
何度も頷く小太郎に少し照れくさくなった。
「ありがと。小太郎は優しいね」
思わず手が伸びて、小太郎の頭を撫でた。
すると彼は何だか嬉しそうにするので、調子に乗って更に撫でる。
「うわ小太郎髪サラサラー」
何だかくせになりそうだった。
「……変態っぽい」
復活したと思ったら和やかな雰囲気をぶち壊した佐助に、もう片方の手で鉄拳をお見舞いしておいた。
変態? 構うもんか!
だって、可愛いんだもん。
いいこ いいこ
(え、代わりに小太郎のたまご焼きくれるの?)
(こくんこくん)
(……美味しい……! やるなじーさん……!)
(やーい老人に負けてやんのー)
(グリンピース突っ込むよ次は)