手紙を読んでいくにつれ、血の気も引いていく気がした。
「こ、小太郎。これに書いてあることに、間違いはないのか……?」
恐る恐る尋ねてみると、いつものごとく彼は頷いた。そして再び懐に手を突っ込むと大きな印鑑を取り出して渡された。
北条家に伝わる実印。
政を取り仕切る際に必要不可欠なものだ。
それを嫌そうな顔をしながらも受け取ると自然に溜め息が出てしまった。
「孫に代理役をやらせるとは……全く」
手紙には、一時的であるが孫の私に全最終決定権を委ねる、と書いてあった。
つまり私が北条領や同盟に関する案件の採択や最終決定をしなければならないらしい。ご丁寧に印鑑まで届けられた。
逃げる術は、ない。
「小太郎。あのじいさんは孫を殺す気だ」
しかし無性に腹が立ってきたので、腹癒せに手紙をぽいっと隅の方に投げ捨てた。やってられるか。
「最終決定の書類、いくらあると思ってるんだあの人は……」
手紙が投げ捨てられた先をちらりと見てみる。そこには山のように積まれた書類が聳えたっていた。
見るに耐えられなくなって目を逸らす。
どうしよう、と頭を抱えているとふと肩を掴まれて上を向かされた。
「なんだ」
小太郎はまたしても懐から、今度は小さな墨壺と小筆、それに紙を取り出した。
先程から次々と物が取り出されている彼の懐だが、一体どのような構造をしているのだろうか。
彼は筆の先を墨で浸すと、さらさらと書き出した。
一通り書いたものを見せられて読んでみると、私は危うく感涙してしまうところであった。
『俺も手伝う』
簡潔な短文だが非常に彼らしい。
「ありがとう、小太郎」
そう言って笑いかけると、彼の薄い唇の端が上がった気がした。
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