短編(伊達/過去) | ナノ




世界はとても静かだ。
夜空を見上げて星を数えようと目をこらしたけれど、瞬く星の数は数え切れない。ネオンに邪魔をされていたあの頃では、何をやったって見えなかった星空が見上げればそこにある。湿気をよく含んだ空気。聞こえるのは風が葉を揺らす音と、何の虫か分からない鳴き声。

世界はとても静かだ。


「ねえ」

「何だ」

「私、良かったと思ってる」

「……何がだ?」

「此処にたどり着いたことを」


静かな夜など何年ぶりだろう。
こんなにもむせ返る程に濃く、こんなにも香しい土の香りなんて彼女は知らなかった。
彼女のいた時代に満たされていた匂いとは似ても似つかない優しい香り。

草の上で、着物が汚れることなど気にした素振りもみせず満足そうに笑う女を、片目の男は変な物を見る目付きでしばらく眺めていた。
やがて諦めたように小さく笑うと、己も草の上で寝転がる。


「変な奴。未来が恋しくないのか」

「うーん。それなりに恋しいけどねぇ」

「俺だったら、恋しくて堪らねぇよ」

「へぇ。弱気な貴方って意外」


あまり声を立てずに笑う女をじろりと睨んだが、夜中なのできっとどんな顔をしているのかすら分からないだろう。今夜は新月だから、星空でようやく彼女の形が分かるくらいだ。

彼はふと、未来は夜中も明るいことを思い出した。男にとって暗闇とは恐怖だった。両目とも光を失ってしまったのかと錯覚してしまうから。暗闇で布団の中で寝転がる瞬間が、どんな戦況の戦場に立ち、どれだけ命の危機に瀕した時よりも彼の恐怖心を煽った。


(ああ、なんて、素晴らしいんだろう)


もうじき戻らなくてはならないこと。もう戻れないこと。互いにそれを知りながらも、それでもなおも焦がれる。だからこそ酷く憧れる。



人生最大のハズレくじ


(きっと神様は間違えたんだ)






2009/08/04



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