たんじょうび。それは一年に一回ある特別な日。主人公になれる日。そして生まれてから何年経ったと確認する日で、けれどもこんな年にもなると自分からは祝ってもらいたいとは思わなくなっていた。
そう言うと、電話相手が小さく溜め息をついたのが分かった。
『寂しくないのか』
「ううん、特に」
『……大丈夫か?』
「大丈夫だよ?」
『……心配だ』
電話相手はかなり心配そうで、いつもの不遜な感じは鳴りをひそめていた。いつもこんなのだったら、世界中の男が彼女に恋に墜ちるだろう。
まあ彼女は元から美人で可愛い人だから、私みたいな奴からの忠告なんて余計なものだろうけれど。
今日は私の誕生日である。朝起きて携帯を見ると数件のメールが届いていた。ポストには昔の友人からのグリーティングカードや、会えないからと親戚からの誕生日プレゼントが届いていた。
『全く、甲斐性のない奴だ』
「あはは」
『あいつ、鈍いから教えないと何もしてこないぞ』
「別にいいんだって」
届いた祝いのメールやプレゼントの差出人に、恋人の名前はなかった。別に悲しくなんてない。負担になんてなりたくない。
「誕生日くらい別にいいじゃん」
『一年に一回だぞ』
「また来年くるよ」
「……でも」
言い淀んだ彼女の言おうとした言葉を私は分かっていた。
恋人たちに前もって定められた期限はない代わりに、いつか終わりは来る。何日後、何か月後、何年後かは分からない。
だから来年の同じ日までに同じ相手といれる訳ではない。
「いーの。この年になると逆に憂鬱だからさー」
あはは、と軽く笑ってみせたら電話越しに唸り声が聞こえてきた。この友人は、なんと優しいのだろう。
『……もうすぐ、終わるな』
「ん、そうだね」
壁にかけてある時計を見ると時刻はもうすぐで頂点を指すところだった。自分が何時何分に生まれたのかは分からないから、一日の終わりが誕生日の終わりにした。
「もう遅いから、寝よっか」
『愚痴くらい付き合うが』
「また今度にするね、かすが明日仕事あるでしょ?」
『夜更かしは慣れている』
「あんた男前だね」
ぷっと吹き出すと、向こうも小さくはあるけれど笑ったようだ。
そのままお互いにおやすみを言い合って電源ボタンを押した。そのまま閉じて充電器を差し込む。腰掛けていたベッドに倒れこむと欠伸が出た。
「さって、寝ようかなー」
電気を消すために立ち上がったついでに何か飲もうと考えてキッチンに向かった。その途中でまた壁にかけてある時計が目に入った。私はかすがに少し、嘘をついていた。
(確かにちょっと、寂しいか、な)
頭を軽く振った。夜のせいだと決め付けた。もう寝よう。キッチンに行くこともせず踵を返してベッドに飛び込んだ。
携帯のマナーモードを切っておいたのは、アラームのためだと自分に言い聞かせた。
鐘の鳴る夜
2009-06-04