短編(伊達/過去) | ナノ



帰りたくない訳ではない。やらなければならないこと、やり残したことはそれこそ山のようにあるし、何より帰りを待ってくれている人間もきっと、いるのだろう。俺はあまりに多くを背負いすぎている。重い、と思ったことはないとは言えないが、やはり人の上に立つというものは考えていた以上気疲れするものだ。
だからだろうか。酷く、此所が心地よいのだ。すぅすぅとまるで赤児のように健やかな寝息を立てて眠っている女の髪を指で梳いた。ソファ、という代物に大胆な格好で寝そべる女に膝を貸してやっている。多分後にも先にも、俺に膝枕なんてふざけた真似を要求する人間はこいつしかいないだろう。(世話をしてもらっている身だ、文句は言えまい)
さらさら。指の間から零れる繊細とは言えない少し痛んだ髪だが、この感触がたまらなく好ましく、かつ愛しく思う。
四百年もの月日はこの日の本を驚くほどに変容させてしまった。景色はもちろん、肌に触れる空気すら違う。最初のころは戸惑ったものだが、今ではテレビという機械で見る番組やニュースで話が盛り上がるくらい、慣れてしまった。一国の主がこんな体たらくで待ち侘びているあいつらは何と言うだろう。軽蔑してくれるなとは例え口が裂けても言うまい。
帰りたくない訳ではない。だが、帰りたい訳でもない。俺は思うのだ。歓喜に満ち、胸が躍るほどに素晴らしい世界があったとしても、こうやってこいつの傍らで過ごせる世界がいいと。


愚か者はかく語りき

(慎ましやかにこうして、二人で)







イメージ:aiko「milk」

2009-04-15





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