甘ったるいロマンチックは生憎と好きじゃない。
これも全て、このひねくれた性格のせいだけど。
「もしもし」
『どうした、急に。
もしかして、俺が恋しくなったのか』
「うるさいよバカ宗」
『人の名前で変なの作んな』
「バカ宗、アホ宗、ナス宗」
『バリエーションを増やすな!
あと最後のは俺はナス好きだから悪口になんねぇぜ』
「間抜け宗め!」
『語呂悪』
「……もう。政宗のせいで話がそれた」
『まず逸らしたのはお前だがな!』
「しつこい男は馬に蹴られて死ぬんだよ」
『……で、話ってなんだ』
「うわスルーしやがった」
『早くしねぇと電話代かかるだろ? そっちからかけてんだから』
こういう気遣いをしてくれるこの男が、たまにどうしようもなく格好よく思える。
ああ。末期。
「……あんね。今日何日か知ってる?」
『今日か? ……三日、だろ。八月三日』
「今カレンダーで確認したな。ダメだよ、日付くらい覚えておかなきゃ」
『うるせぇ。日付なんざ覚えておかなくても生きていけんだよ』
「ダメ人間だ」
『うるせぇダメ女』
悪口の応酬。口は悪いがそこに悪意はない。習慣のように何かを確かめるように、二人は笑いを滲ませた。
よし、と息を吸い込む。
「誕生日、おめでと」
『……いきなり電話がかかってきたと思ったら』
「今年でいくつだっけ」
『阿呆。お前と同じ19だ』
「あ、そっか」
『大丈夫かよ』
「政宗の顔が老けてるのが悪い!」
『老けて…ねぇよ!』
「何今の間」
カラカラと笑えば電話の向こうの男は反論出来ずに悔しそうな声をあげていた。
「さて、老け顔の政宗くんに一つ質問です」
『老けてねぇよ!』
「まぁまぁ落ち着いて」
『うるせぇ。質問ってなんだ』
「――私は今何処にいるでしょう」
『……は?』
「だから、私の今いる場所当ててみてよ」
電話の向こうで息を飲む音が聞こえた。
『おま……、まさか』
「正解は」
そう言いかけて、私は目の前のインターホンを押した。
ピンポーン。軽やかな電子音。
そして電話の向こうからも、同じ音。
『……お前、阿呆だろ』
その声を最後に電話は途切れた。
代わりにドアの向こうからドタドタという足音と物音がする。
ドアが開くとそこにいた男は眉をしかめていたが、僅かに頬を紅潮させていた。
「やぁ」
「やぁ、じゃねぇよ馬鹿。……びっくりしただろ」
「サプライズだよ。あれ、嬉しくなかった?」
「……んなことは、ねぇけど」
「あは。照れてる」
「照れてねぇよ!」
「叫ばない。近所迷惑」
「う……」
「ほら入った入った。アイスケーキなんだから早くしないと溶けちゃうよ」
「また冷やせば良いだろ」
「せっかく『まさむねくんおたんじょうびおめでとう』って書いてもらったのに溶けちゃうじゃん!」
「お前は阿呆だ!」
「ちゃんとローソク19本もらったから」
「重ねて言う、お前は阿呆だ」
「うるさい。ろうそくでケーキを穴だらけにするぞ」
「微妙に傷付く復讐方法だな……」
子どもの祝杯ロマンチックは好きじゃない
けれど今日は、愛しい貴方の誕生日!
(……こういうのって普通男がやるもんじゃね?)
(いーのいーの)
(なんだかなぁ……)
2008/08/02