短編(武田/過去) | ナノ

かぐわしく上品な香り。
これはキャメルだったか。

ああ、そうだ。
彼と彼女が愛煙しているものだ。


「……だめ、俺様もう堪えらんない」


そう呟いて立ち上がり、女のいる方に歩み寄る男の顔は真剣そのものだ。

彼は両腕を伸ばすと、それまでソファにもたれて優雅に煙草をふかしていた女の肩を掴んだ。


「何?」


肩を掴まれた女は全く訳が分かっていないようで、怪訝そうな顔で首を軽く傾げた。
それにつられて煙草の煙も緩慢に揺れ動く。


「これだよ、これ」


至極嫌そうな顔をしながら、素早い動きで女の口からまだ長い煙草を奪い去り、近くに置いてあった灰皿に押し付けた。

一瞬にして口から奪い去られた嗜好品に、灰皿に押しつけられてから気付いた女は柳眉をつり上げた。


「ちょ、何すんのよ。もったいないでしょ、まだ長かったのに……」


まだ細く煙をあげている灰皿を惜しそうに見つめる。

そんな彼女の顎を掴み、男は半ば無理矢理顔を天井へ向けさせた。


「天井、今何色?」

「……薄黄色」

「越して着た頃の天井は? 胸に手を当ててよく思い出してみなさい」

「……何色だっけな」


目を泳がせて、明らかに忘れたふりをしている女に男はくわっという効果音が出そうなほど目を剥いた。


「白だよ白! 純白の天井だったの」

「そ、そうだっけか」

「俺様の記憶能力舐めないでよ」

「さすがお母さん」

「煽てても何も出ないしそれ褒め言葉と俺様思ってないからね」


例えるなら真冬の池の水のように冷たい口調で男は言い放つと、机の上に灰皿と一緒に置いてあった煙草の箱とジッポに目をやった。

女は彼が考えていることを悟り、慌ててそれらに手を伸ばすが一足遅く、男は一掴みで箱とジッポをポケットにしまった。


「てなわけで没収ー」

「うわあああん佐助のおにぃー!」

「鬼じゃありませんー」

「酷い……」


塩をふった青菜のようにしゅんと落ち込む女に、男は優しく話し掛ける。


「ね、喫煙なんてろくなことないんだから、禁煙しよ?」

「無理……しんじゃう」

「副流煙で俺様の死期が早まるよ」

「それは……やだなぁ」

「でしょ?」


可愛いことを口にする彼女が愛しく思えて、そっと抱き締めると小さく「お母さんは大切にしなきゃだし」というのが聞こえたが無視をすることにした。

柔らかい女の髪に顔を寄せる。かぎなれた整髪料の匂いと共に、またあのかぐわしく上品な香りが鼻を掠めた。

女の顔と共に、彼女の男友達のあの嫌味な顔が脳裏を過ぎった。


「……あのさ、禁煙ついでにお風呂入らない?」

「え、なに、くさい?」

「いや別にそうじゃないんだけど……」

「?」

「ただの俺様の汚い独占欲だよ」


わざと音をたてて頬に口付けた。

(始まりは嫉妬だなんて、言えるか)

同じ匂いを共有する2人に嫉妬したなんて。


(それに家汚れないしゴミ増えないし煙草代浮くし)

(最近家計ちょっと苦しかったんだよねー)


「というわけでお風呂一緒に入ろう!」

「どんなわけよ!」




【迷彩だーりん】に捧ぐ
08/09/12





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