愛していないといえば嘘になる。でも、愛しているといえば嘘になる。
「ねぇ」
傍らであどけない寝顔をさらしている男に、呼びかけても返事はない。行為に疲れたのか、いつの間にか寝てしまっている。その寝顔はあまりに健やかで、おもわず頬を緩めてその笑顔を眺めた。
穏やかな気持ちとは裏腹に、頭の中はぐるぐると考え事がめぐっていた。
いつも私の目を見て愛の言葉を呟く男の目を見て思ったのだ。優しい色。この人は本気で私を愛してくれている。大事にしてくれている。行動であらわすには容易いけれど、この人は、心のそこからそう思ってくれている。
自分の中の違和感に気づいたのはその時だった。
私はどうなのだろうか、と。
私もこの男を本当に愛しているのだろうかと。
「愛してる、かぁ」
声に出したとたん、その言葉は空虚なものになって空中に霧散した。なんだかそれが悲しいようで、でも無性に笑えてしまった。言葉と心のちぐはぐさに吐き気がした。
愛している。なんと美しく、難しい言葉だろう。
そして、今の私には何よりも不似合いな言葉だった。
「ねぇ」
返事がないのを見越して、隣で眠る男に問いかける。
「愛していないわけじゃないの」
だって、貴方のことが好きだから。でも、でもね。聞いて。眠っている貴方に向かっていうのは卑怯だと思っているけれど。
「愛しているわけじゃないの」
口にしてみて、その言葉の鋭さに身震いした。
男だけでなく、自分さえも切り裂いてしまいそうな鋭利な言葉。
一人になりたくて、ベッドから抜け出そうとした。しかし動かない体。きつく体を締め付けるのは隣ですやすやと眠っていたはずの男の腕だった。
まさか、と思って隣を見てみると、大きな瞳と目が合った。
その目は未だ、あの優しい色をしている。
こんなにも酷い女を見るには、過ぎた色をしている。
「愛している」
「……」
「俺は、お前を愛している」
それだけではだめなのか。
その少し震えた声に泣きそうになった。
夜の舌先2011