短編(武田/過去) | ナノ

本日は2月14日である。


「しね、バレンタイン!」


そういって、俺達の他には誰もいない教室の中、足元の箱を踏み付ける名前の姿は異様で、ちょっと涙目だった。


「落ち着きなって」


たかが好きな男に女が出来たくらいで。

そう言おうと思ったが、言ったが最後彼女の足元で可哀相なことになっている箱と同じような羽目になりそうなのでやめておいた。

さて、今日は聖なるバレンタインデー。俺みたいな理屈っぽい奴は教会のオッサンがひとり死んだだけだろ、お菓子会社の金儲けに乗るかよ、と一蹴してしまうそんな日。

しかし彼女にとっては違う。好きな男に気持ちを伝える大切な日らしい。
俺は、この日のために彼女がどれだけ準備したかを知っている。

壊滅的に料理が出来ないくせに「手作りのをあげるの!」と意気込んで俺の家に上がり込んではキッチンを盛大に汚したり、「告白する時に恥ずかしくないように」と甘ったるい台詞も練習して耳にたこが出来るくらい聞かされたり、「可愛くラッピングが出来ない」と俺に押し付けたり。

「やっぱりね、好きなんだ」
そう言って照れて髪の毛をクシャクシャにしながら死ぬほど幸せそうな顔で笑っていたことも。

それが今日、放課後になっていざ往かんと意中の男の元に行くと既に先客がいたのだ。
しかもなんと、その愛の告白が成功したという。

そんなものを目の前で見せ付けられて、彼女は恋を失ったらしい。


「バレンタインって何だよただのオッサンがしんだ日じゃねーか!」

「ただのオッサンじゃなく、聖人ね」

「お菓子会社の陰謀なのに!」

「それ俺様前に言ってたよね」

「くそっ、くそっ!」


およそ女の子らしからぬ罵声を発しながら、彼女は足元の箱を踏み付けた。

それでもあまり箱がひしゃげていないのは、彼女の最後の気持ちが押しとどめたからだろう。最後の気持ち。それはどう転がっても違う方向に向かないものなのか。

例えば、俺とか。


「ふ、う……うぅ」


動かしていた足をとめて、彼女は立ちすくんだ。うつむいた顔から数滴、雫が落下して教室の床に小さな染みを作った。


「うぇええ、うぇ」


肩を震わせて盛大に泣き始めた名前はそのまま床に座り込むと俯せで泣きはじめた。あーあ。床、汚いのに。


「ちょっと、ばっちいよ」

「いっいいもん、ばっちくても、もうどうでも……」

「どうでもいくないって。ほら、起きな」


彼女の二の腕を掴んで軽く持ち上げ、立ち上がるように促す。
最初はいやいやと顔を横に振っていたが、やがてけだるげな様子で立ち上がった。


「うぇ、え。ざずげぇ……」

「なぁに」

「わたっ私、失恋しちゃったよ……」

「……そだね」


簡単な返事しか返せない自分を恨めしく思う。でも下手に口を開くと、言ってしまいそうになる。胸に温めているこの一方通行の気持ちを。

多分こいつは、その気持ちの一片足りとも感づいていないんだ。


「元気、だしな」

「……むり」

「……だろうねぇ」


あーあ、苦しいなぁ。


ほろりと苦い恋模様

(お互い様)


2011:03:08





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