短編(武田/過去) | ナノ


ひたすらに死にたくなかった。
死んでしまえば全部失うと考えていた。今まで成し遂げたことも、得た財産も、自分というこの思考や体も。こうやって死を厭う感情ですらそのまま全部焼かれて灰になってさようなら。死後の世界とはなんだ。この世に真っ当な仏はいないことは物心ついてから己の境遇の哀れさと同時に気付いた。

生きることこそが地獄だと知ったのはそれから少し大人になった頃だった。
他人の死が自分の生に成り代わっていた。飯を食うにも息を吸うにも明日を夢見て床につくのにも他人の死と己の罪がついて回り、その感覚に麻痺していた。地獄の鬼ですら自分を蔑むような気がした。しかしすぐにそんなことすらもどうでも良くなって考えることをやめた。

鮮やかに光るあの瞳に出会ったのは戦場だった。
あの強い目に全てを見抜かれているような気がして、最初は目を合わすことが酷く怖かった。どうぞ俺を蔑んでくれと思えたら良かったのに何故だかそれが上手く出来なくて、愛想笑いに苦労したことを今でもありありと覚えている。それでも人生で一番満たされた時間だった。柄にもなく幸せだとよく呟いてはよく笑った。

幸せは長く続かないことは分かっていた。分かっていたつもりだったことを知ったのは彼女が死んで全てを失った時だった。何も残されていないと思った。先に逝ったことすらも恨んだ。どうすればいい。この先自分は独りで、どうすればいい。一人ではなかったのに独りの振りをした。思い出すのが怖くて、見ない振りをした。死ぬことを赦さないその存在を妬んだ。お前は母の顔も知らぬから。嫌なくらい自分に似ている子どもはそれでもきゃらきゃらとよく笑っていた。不出来な父を優しいと言った。好きだと言ってくれた。そうして俺は思い出した。この子の笑う顔は彼女のそれとよく似ている。



ひとりとひとり






2010-02-09



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