短編(その他/過去) | ナノ


ざあざあ。街の騒音をかき消す雨が頭上で跳ねる。味気無い透明なビニール傘から見上げた空は酷く曇っていて、止めどなく雨が降り注いでいた。本当は傘なんて必要ないけれど、もう一人には必要だから。気紛れに差した傘の柄を指で回しながら人気のない歩道を歩く。やっぱりこんな雨のなか、出歩く馬鹿なんて俺以外いないらしい。雨が振っても帰ってこない馬鹿なら一人、知っているけれど。

(ああ。らしくねぇ、俺)

全部あいつのせいだ。袋に入ったコーヒー缶が、歩く度にがらんがらんと音をたてる。目当ての買い物は終わった。もういっそのこと帰ろうか。もしかしたら家に帰っているのかもと淡い期待をしてみたが、ふと目に入った公園の遊具に見慣れた黒髪が見えてしまって、殆ど無意識のうちに足はそちらのほうへ向いていた。
全く、視力のいい自分に腹が立つ。
タイヤを半分に切ったような形をした少し古い遊具の中に、女が蹲っていた。

「おいコラそこのホームレス」

無反応。苛々しながら警備呼ぶぞと言うと女はもぞり、とみじろいでようやく顔を上げた。

「あ。なんだ、一方通行じゃん」

気の抜ける声に舌打ちをする。
(お前はまだ、俺の声を覚えていないのか)

「……今回はなンだ。いつもの病気か? それともついにぼけたのか?」

「んー……外の空気、吸いたかった」

「半日も?」

「半日も」

「ンだよそりゃ」

阿呆らしい。しかし女らしい理由だった。しおらしくごめんねと素直に謝る彼女に毒気を抜かれてそれ以上怒る気力すらも失った。しかしいつもこうだ、全く反省なんてしてやいない。

「振り回される俺の身にもなりやがれ」

「ごめんね」

そう言いながらそこから立とうとしない女の腕を苛々しがら掴む。冷たい。弾かれたように一旦手を離した。だがまたすぐに手を伸ばす。しっかりと、温度を移すように腕を握る。そのまま立ち上がらせると、そのまま傘の下に引っ張り出した。

「馬鹿だなほんっと、オマエ」

「ごめんね」

「腕、冷てェだろうが」

「ごめんね」

「謝るくらいなら代わりに持て」

まだ温かいコーヒーの入った袋も押し付ける。ホットを買っておいて良かった、と心の隅で考えるが口には一言足りとも出してやらなかった。せいぜいそいつで暖まって風邪でも引かないことを祈る。家出女を迎えに行くので大変なのに、風邪まで引かれてはたまったものではない。

「あったかい」

幸せそうな顔でビニール袋に頬をすり寄せる女に呆れたような顔を作る。
幸せそうな顔しやがって。彼女の腕を掴んだまま俺は歩き出した。ああ、早く帰ろう。帰ったらこいつを風呂に突っ込んでやる。


心触する熱

(ここは俺の方が温かいとか言っとけよ)






2009-06-15



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