短編(その他/過去) | ナノ

あの日噛み付かれた跡がまだ消えない。
あの男は真性の阿呆だ、乙女の柔い首筋に痕を、しかもよりによって歯形を残すなど。
唇の痕ならばまだロマンチックだというのに。阿呆め。


「これ一生残るぞ」

「あー、血、出てるもんな」

「あー、なんて気の抜けた声よく出せるな。乙女のピンチだぞこのたわけ」


水着なんてもちろん、首元があいた服も満足に着れない。ああもうこいつどうにかしてやろう、腹立ってきたし。

目には目を。
歯には。


「あだ!」

「ざまぁみろ」


噛み付いた肌が裂けて血の味がした。存外強く噛みすぎたようだ。謝らないが。


「いって……げ、血ぃ出てる」

「当たり前だ、出るように噛んだからな!」

「偉ぶるな」

「いた」


軽くはたかれてしまった。叩かれた箇所を撫でながら、これくらいで済んだことに少し違和感を持った。
噛み合いくらいには発展するだろうとは踏んでいたのだがどっこい彼は鏡で痕をなぞっては少し目を細めている。


「垣根」

「名前で呼べよ」

「名前らしくないだろ帝督なんて」

「ま、それもそうだが」


あっさりと引き下がるとまた鏡を見つめる。
その姿に何かしら不安をかき立てられ、ついに私は折れた。


「垣根、すまん」

「何が」

「痕……残るかも」

「あー、そうだな。お前と一緒だ」


そう意味深に呟いて、不可解な笑みを残した垣根はまた鏡に向った。
たまに「おそろい……ふふふ」と空恐ろしい笑顔をしながら笑声を漏らしている。

私は回れ右をして猛然と部屋から飛び出した。
怖すぎる。




僕の体は水分とカルシウムと君への愛で出来ています



つまりは君が僕を構成してるのさ!




(キスマークはすぐ消えるだろ)

(……一生残したいとか、そんなん?)

(ロマンチックだろ)

(ただの阿呆だ)



2009/03/04




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