短編(その他/過去) | ナノ
彼はとても素敵な子供だった。


「なぁ、名前」
「なぁに。ろーくん」
「おれ、おまえのこと、だれよりもしあわせにしてやる」
「……ほんと?」
「ほんとだ!」


やくそくする、ちかうよ。
ぜったいにおまえを、せかいでいちばんしあわせにしてやるから。

いじめっこに泣かされて落ち込んでいた私を励ますには、過ぎた言葉だった。

現金にもその言葉に泣き止んだ私は、少し汗の香る少年の胸に飛び込んだ。
今から十年ほど、前のお話。

ここまではいい話だ。しかし、この後がいけない。
人間、成長すると瞬く間に変わるものである。あんな可愛かった少年、ローは今日この日、この島を旅立っていく。

海賊として。


「このくそばかやろう」
「なんだよ、まぬけ」


北の海のとある小さな島。こんな小さな島から海賊が出るなんて滅多にないことで、島の人々は総出で港に足を運び、船出の時を今か今かと待っていた。

島民の顔に恐怖の色はなく、海賊としての出航だというのに皆一様にその船の無事を祈っていた。それは人口の少ない島の数少ない若者の一人で、また島民に愛されていた青年だったからだ。

その腕に決意と医学の知識を携えて、その青年は今日この島を出て行く。

再び私は毒づいた。


「海賊になるなんて、ほんっと頭おかしいよね」
「うるせぇ。海賊の何処がわりぃ」
「あんたなんかすぐ海軍につかまって刑務所行きよ」
「つかまるかよお前じゃあるまいし」


ふん、と鼻で笑った男からは、十年前のあの可愛らしい少年の面影がまったくなくなっていた。
目の周りは寝不足なのか不健康そうな隈が出来ているし、変な柄の帽子に長い日本刀を肩に担いでいる。


「だっせぇパーカー。何その色使い」
「あん? このセンスが分からないなんてお前、センスねぇな」
「そんなセンスならなくていいわ」
「イモ女は引っ込んでな」
「一昔前に流行ったような帽子被ったやつに言われたくない」


十年たつと、私たちの関係もすっかり様変わりしていた。幼いころは、何処に行くでも一緒にくっついていて、毎日一緒に遊んでいた。

それが今ではどうだ、顔を合わすと悪口の応酬ばかりになってしまっている。


「まったく。今生の別れだっていうのに、お前は相変わらずだな」


少し口元を緩ませるローに対して、私は胃の底が一瞬で重くなった。


「……あんたのその不健康な顔をもう見ないと思うと、せいせいする」
「俺も。お前のふてくされた顔を見ないと思うと喜ばしいね」


そうして、彼は船に乗り込んでいった。あまり大きくない、けれども真新しい船。それを私は恨めしい目で見ていることだろう。

その船には、黒い布地に白いジョリーロジャーを染め抜いた、海賊旗が掲げられている。
まるで骸骨が笑っているようなそのマークを私は睨んだ。

ああ、こいつが、連れて行ってしまうのか。


そうして彼はこの島を出て行った。


「うそつき。ローの……うそつき」


私の呟きは風に乗って彼に届いただろうか。

届いたのならどうか。





わたしを誉れ

(昔のように、物語を夢見た)





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