短編(その他/過去) | ナノ
(「わたしを誉れ」の続き)
彼女はとても惨めな子供だった。
家のそばの公園で、ぐすぐすと泣いている彼女を見かけたのはこれで何回目だろうか。いじめられた後はいつも、お決まりのようにこのブランコに座って泣いている。
その姿は俺にとって目障りでしかなかった。家のそばで泣かれるものだから、窓を開けているとぐすぐす、ぐすぐすと泣き声が聞こえてくる。
だからいつも、俺は泣き声が聞こえると決まってすぐに公園へ向かった。
そうしていつも、涙で顔をぐしゃぐしゃにしている少女の頭を撫でてやる。
そして、思いついたように慰みの言葉をかけてやるのだ。
「なぁ、名前」
「なぁに。ろーくん」
「おれ、おまえのこと、だれよりもしあわせにしてやる」
「……ほんと?」
「ほんとだ!」
やくそくする、ちかうよ。
ぜったいにおまえを、せかいでいちばんしあわせにしてやるから。
そんな子供染みた言葉を信じて涙を止めたのは、たぶん彼女もまた子供だったから。
それは今から十年ほど、前のお話。
けれど俺の中では未だ忘れらない話。
成長した俺は、昔彼女に言って聞かせた言葉を実現させようと躍起になっていた。
この世界のどこかにあるという大秘宝。手に入れたものは、海賊の中の王と呼ばれる。
なんと子供染みた、おかしな話だろう。
それでも俺はそれを信じて、今日この日、生まれ育ったこの島を出る。
「このくそばかやろう」
出航の時、顔を合わせたと思ったら毒を吐かれた。
「なんだよ、まぬけ」
そう返答してから、彼女の目にたまる涙に気がついた。
彼女は自分の目にたまるものに頓着せずに、また毒を吐く。今にも泣きそうな声をしているくせに、気丈なふりをして。
「海賊になるなんて、ほんっと頭おかしいよね」
「うるせぇ。海賊の何処がわりぃ」
「あんたなんかすぐ海軍につかまって刑務所行きよ」
「つかまるかよお前じゃあるまいし」
つかまってたまるもんか。
この夢をかなえるまでは。
お前に、この夢が実現した姿を見せるまでは。
「だっせぇパーカー。何その色使い」
「あん? このセンスが分からないなんてお前、センスねぇな」
「そんなセンスならなくていいわ」
「イモ女は引っ込んでな」
「一昔前に流行ったような帽子被ったやつに言われたくない」
「まったく。今生の別れだっていうのに、お前は相変わらずだな」
「……あんたのその不健康な顔をもう見ないと思うと、せいせいする」
「俺も。お前のふてくされた顔を見ないと思うと喜ばしいね」
そうして彼女に背を向け、真新しい船に乗り込む。
このとき俺はひとつ、嘘をついていた。
島民に見送られながら、船は無事に出港した。晴れ晴れしい船出のはずなのに、港に残る女は酷く、悲しい顔をしていた。
「キャプテン」
「なんだ」
「本当にやるんですか……?」
キャスケット帽子を被った男が、恐る恐る尋ねてくる。
「もちろんだ。計画に変更はない」
「そうっすか……」
すごすごと立ち去るキャスケット帽子から目を離し、未だ港で立ちすくむ女を見てにやりと笑った。
「せいぜい、俺がいない数時間を味わえ」
すぐに、すぐに迎えに行くから。
速度を上げろ馬鹿者
(早く驚いた顔が見たいものだ)
title:淑女