ざあざあ。ざあざあ。
まるでこの世の汚れでも落とすようにどんよりとした空からは無数の水滴が地上に落下する。世界の終焉みたいな景色。雨は嫌いだ。コートの裾を気にしなければならないし、煙草は湿気るし、体がどうも重い。
ざあざあ。いらいら。ざあざあ。
「雨なんて降らなきゃいい」
いい年してまるで子供のように呟いたのを耳聡い奴は拾って、変なものを見る目でこちらを見てきた。
「大丈夫ですか?」
「言っておくがお前より頭の出来はいいぞ」
「……そういう意味で言ったのでなく」
ぺたり。額に自分よりも少しだけ低い温度があてられる。少し湿った、生暖かくて柔らかいもの。ガキの頃から少しも変わっていない。なあ、お前はその手で何人殺してきたんだ? なんて、馬鹿げた嫌味を言ってやろうとしたけれど、可哀相だからやめておいてやった。 ああ、俺はなんて心優しき神父!
「……何にやついてんですか」
気持ち悪いですよ。そう口では言いながら自分の額と比べて難しい顔をしている。腹の立つ顔だ、もうすこし笑えばいいものを眉間に皺なんて寄せて。 温度を共有したせいで手の感覚はもはやなくなっていた。体が増えたようなこういう重たい感覚はあまり好きではない。それでも振り払わなかったのは、その顔がたいそう面白かっただけで。
「あ、ちょっと熱いかも」
冷えた布を、と額にあてられた手が離れていく。温度が切り離される。それを安堵だとか楽だとか寂しいだとか思うよりも早く俺の腕は動いていた。
「わ。びっくりした」
宙を彷徨っていた手を掴み、元あったところに据える。生暖かい温度に伴い、得体の知れないわけのわからん感覚が体に流れ込む。満たされる気がした。ああ、らしくないな。
「……大丈夫ですか?」
調子が悪い。全部雨のせいだ。
世界が終わる夜
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