短編(その他/過去) | ナノ


学校の屋上なんてものは普通、開放なんてされていない。屋上でさぼったり昼休みを過ごしたりなんて、あんなの、ただの想像と妄想でしかない。現実的な問題、この世には飛び降り自殺なんていうクレイジィでセンセーショナルな事件が多数起こってるから、学校は屋上を封鎖したらしい。危険性を考慮。事故の芽を潰す。生徒は宝。
本当はその後ろにあるものに怯えているくせに。

「だから、ここに来たんです」

「それ、理由になるのか?」

「かなり正当性のある理由と思ってるんですけど」

教室にも屋上にも行けない可哀相な小羊は昼間から薬品と煙草の匂いが漂う場所にやってきた。部屋をぐるりと見渡せば、お腹からもよもよと管を出されてホルマリンに沈められた動物と目があい、すぐに目を逸らせばそこには奇型昆虫の標本がうず積まれている。さながらホラーハウス。それでも不思議とこの部屋は居心地がいい。

「勝手にしろ」

「わぁい」

少し呆れた顔をしながら、またデスクに戻って書き物をする男は教師であるけれど、こうやって勤務中に煙草を気兼ねなくすぱすぱ吸っては天井を黄色くしたり、教室から逃げてきた生徒を匿ったりする。何でも後者は女の子限定らしい。ラッキー。
国が求める教師像とはおおよそかけ離れた人格だけれど、私は彼の側がいっとう楽だった。

「先生、ソファ使ってもいいですか」

「寝るなら保健室行けよ」

「あんなとこで寝たら巻き毛に何されるか……」

我が校の保健室に巣食う悪の保険医である巻き毛の狂科学者は、保健室に休みにきた生徒たちに新薬を飲ませたり治療に際してエゲツない手法を使うことで有名である。それでもそれで大方回復してしまうのだからあまり文句も言えない。
赤毛の化学教師はその話を聞きながら溜め息と共に紫煙を吐き出した。

「道理でいつもあそこにガキが行かねぇわけだ」

「あそこに行くのは新入生だけです」

そうしてこの世の辛さと言うものを味いまた一つ彼らは大人になっていく。出来ればもうすこし穏便な手法を取っていただきたいものである。

「じゃあ先生、チャイムなったら起こして下さいね」

「馬鹿野郎。自分で起きろ」

「けちですねぇ」

携帯のアラームを設定し、ソファに横になる。クーラが少し肌寒いので、背もたれにかけてあったタオルケットを勝手に拝借することにした。
洗い晒したような少し硬い感触。この部屋に充満する少し癖のある煙草と、薬品の鼻が通るような匂いが染み付いている。その他に、ほのかにだけれど彼愛用の香水の香りがして、何となく嬉しくなった。そうして何とはなしに呟いた。

「あー、先生の匂いー」


それから彼のペンが進まなくなったことを、私は知らない。


青春リバース

(馬鹿野郎、お前、火を点けたな)




2009:06:26






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