君は遠い人 | ナノ
ペトラさんは漫画の通り、とても優しかった。女性らしく柔らかな物腰で、私の体を気遣ってくれる。
「どこか負傷したところはない? 頭痛やめまいはある?」
「いえ、大丈夫です」
「それは良かったわ……って、大丈夫なの!?」
「? ……はい」
何故かいきなり驚かれてしまった。大きな瞳が真ん丸に見開かれている。
彼女はいきなり、私の腕をつかんだ。負傷した箇所を探すように触診し、それに、腕だけではなく腰や背中まですみずみまでチェックした。
けれど本当に怪我などしていないのだ。空腹状態も改善されたし眠気も取れたので今の体調は万全といっていいだろう。
「……あ、一か所だけ」
「え、どこ?」
「なんか、頭がじんじんするような……」
夢の中で石に頭をぶつけていたせいだろうか。起きても頭が実際に痛いだなんて初めてだ。
そのことをペトラさんに伝えると、いきなり表情が曇った。何だか、言いづらそうにしている。
「ああ、それね……。えっと、言いづらいんだけど……兵長が……」
「……もしかして、蹴っていました?」
「……その通りです」
ごめんなさい、とペトラさんに謝られてしまったが、彼女が謝る必要がどこにあるのか。まあ、ペトラさんはリヴァイ兵長の部下だし、尊敬しているし彼女にとっては代わりに謝るのは当然なのかもしれない。
しかし、流石はリヴァイ兵長と言ったところか。見ず知らずの人間の頭を蹴り飛ばして起こすなんてまったくもって彼らしい。怒りどころか、何となく感動すら覚える。
「ペトラさんが謝る必要はありませんよ」
「うう、兵長がごめんなさいね……。それにしても、私の名前も知っているの」
「え?」
あ、やってしまった。彼女にとっては私は初対面の相手なのだ。いきなり名前を知っているなんておかしい話だ。
「あ、さっきリヴァイ兵長が、名前を……」
「あ、そっか」
どうにかごまかせてよかった。
ペトラさんは人のいい笑みを浮かべている。私はほっと胸をなでおろした。
「それにしても、何処にも怪我がないなんて、貴女すごい強運ね」
「え?」
「ここら辺、さっきまで巨人がうじゃうじゃいたのよ?」
巨人。彼らの世界の中ではとても危険な存在。人間を捕食する巨人を駆逐するのが彼ら兵士の仕事だ。
ということは。
「もしかして、巨人を討伐した後ですか……?」
「ええ、そうよ。そうでもないとここで貴女とゆっくり話してなんていられないわ」
「そ、そりゃそうですよねー」
どうやら、巨人はやはり人間を襲うようだ。
だとしたら、先ほどの光景はいったいなんだったのだろう。私に果物を持ってきてくれた巨人は。その巨人だけではなく、私を襲おうとしなかった巨人は。
安眠できていたこと自体、おかしなことではないのか?
この事をペトラさんに伝えるか伝えないか、一瞬迷った。
そして、伝えないことにした。
何となく嫌な予感がするのだ。
私の頭の中には、エレン・イェーガーが裁判にかけられている場面が思い浮かんだ。
他の人と違う人間がどんな扱いをされるのか、すでに知っている身としては内緒にしておくしかない。
「たぶん寝ていたから見逃されたんじゃないですかね?」
「うーん、まぁ、そうなのかもね」
納得しきっていない様子のペトラさんだったが、気を取り直したのかいきなり立ち上がった。
「怪我もないなら、移動できるでしょう? 急ぎましょう。巨人が寄ってくるわ」
「あ、はい」
おそらく私には何も危害を加えないだろうが、万が一ということもある。
おとなしくペトラさんの言う事に従うことにした。
乗馬する彼女の背にしがみついて、森を駆け抜ける。初めての乗馬経験で、どきどきしたが彼女の背にしっかりしがみついていたので振り落とされることはなかった。
しばらく森を駆け抜けて、馬が止まった。
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