君は遠い人 | ナノ


目を覚ますと、そこは私の部屋だった。

……なんてことは、なかった。

見慣れない石の壁。石の天井。ここは、調査兵団の壁外拠点である城の地下牢だ。昨日、ここに連れてこられた。
まだ頭が重たい。しかし、起きなければならない。

ずるり、と体を起こす。その拍子に、体の上にある毛布がずりおちた。

……毛布? 確かこれは昨日、リヴァイ兵長に取られたはずだ。
そう思って檻の外を見ると、そこには誰もいなかった。
どうやら席を外しているらしい。

体の上にかけられていた毛布をもう一度見て、息を吐く。
なんとなく、恥ずかしかった。

ぼーっとする思考を振り払うように、立ち上がった。
地下牢の中はベッドの他に、水が張られた桶が置いてある。その横には荒い生地のタオルのようなものもあり、ありがたくそれを使わせてもらうことにした。

存外冷たい水で顔を洗う。ついでとばかりに、布を濡らした。
風呂に入りたいが、この世界に風呂という概念があるのだろうか。

仕方なく、濡らした布で体を拭いた。

幾分かさっぱりした心地でベッドに座りなおす。
頭は依然重たいが、眠気はもうない。

しばらくぼーっと座っていたが、遠くから足音がしたのでそちらの方を向いた。
地下牢は薄暗く、今が朝なのか夜なのかさえ分からないが、人がやってくるということはもう朝なのだろう。

現れた人物は、昨日の二人だった。

「よく眠れただろうか」

エルヴィン団長が、リヴァイ兵長をともなってやってきた。昨日、椅子で寝たというのに、リヴァイ兵長の顔に疲れは見えない。さすが人類最強だ。

「はい、割と」
「そうか。もうじき出立する。準備はできているか?」
「はい。大丈夫です」

そして、私は地下牢から出た。
先頭を歩くのはエルヴィン団長。そして、私をはさむようにリヴァイ兵長が後ろを歩く。逃げ出す心配をしているのだろうが、私にそんな気力はないし、彼に敵う気もしない。普通に歩いていた。

地下を抜けて、地上に通じる階段を上る。
一日ぶりの太陽の光はまぶしかった。

そのまま、大広間へ通された。
そこには、昨日会った特別作戦班のメンバーが席についていた。

エルヴィン団長が現れた瞬間、全員が席を立つ。
彼らの顔に、警戒心はない。

おそらく、すでに私の事はあらかた説明しているのだろう。
私が、異世界から来たということを除けば。

「皆、そろそろ壁内へ帰還するが、その前に紹介しておきたい人物がいる」

団長がそう言うと、私の方へ振り向いた。
前まで出ろ、という意味だろう。それに従い、ゆっくりと歩みでる。

「彼女は、昨日君たちが保護した市民だ。知っている通り、彼女は巨人に襲われないという特殊な性質を持っている。君たちも目にしただろう」

班員たちが、無言でうなずく。

「昨夜、彼女から事情を聴いたが、残念ながら記憶の一部を喪失しており、自分の出自のことやこの性質のことも全て忘れている。だが、壁内で彼女の性質を調査し、今後の壁外調査に役立てたいと思っている。よって、今後彼女は調査兵団で預かることとなった」

わずかなどよめきが起こる。
しかしエルヴィン団長は構わずに続ける。

「巨人に襲われないとはいえ、万が一のことがあれば人類の損失になる。そこで、今回の壁内帰還は、彼女の身を優先した方法とする」

また肩身の狭くなるようなことを……。
なんとなく恨めしい気持ちになったが、仕方のないことだ。

そこで、エルヴィン団長が私の方へ振り向いた。

「自己紹介をしておこう。そういえば、君の名前を我々は知らない」
「え……? あ、そうですね」

昨夜の話し合いで、名前のことをすっかり忘れていた。

私は団長から視線を外して前を向く。
とたんに、班員たちと目があった。
警戒心は顔には出ていないが、彼らの目には好奇心と、そして恐怖のような感情が浮かんでいる気がした。
寂しい気持ちになったが、気を取り直して自己紹介をした。
ここでは、ファミリーネームは後ろだ。

「名前・名字といいます。お世話をかけますが、よろしくお願いします」

軽く、頭を下げた。彼らの表情に変わりはなかったが、雰囲気が少しだけ丸くなったような気がした。
巨人か、と疑っていたのだ。人間らしい話し方と礼儀を見て、団長の話を信じる気になったのだろう。内心、胸をなでおろした。疑われ続けるのは、少しつらい。



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