君は遠い人 | ナノ



先程の巨人は、私を地面に下ろしたかと思うと、またどこかへ行ってしまった。

彼以外の巨人は襲ってくるのではないか、と思ったがそうでもないらしく、こちらをちらりと見たあとは他の巨人は好きなように過ごしている。

「何なの……?」

いったいどういうことだろうか。
この世界はいったい何なのか。現実には存在しないはずの巨人たちが存在する。
まさかとは思うが、本当に私は漫画の中の世界にいるのだろうか。

「ま、まさか。ははは……」

変な想像をして乾いた笑みが出た。
けれど、よく考えてみればおかしな話でもない。

私は昨夜のことを思い出して、うっすらと冷や汗をかいた。
昨夜は友人に借りた漫画を読んでいたのだ。「進撃の巨人」という題名の。
夢中で読みふけっていたために、いつ寝てしまったのかが分からない。
そして目を覚ませば、ここにいたのだ。

「まじか……」

信じたくないし信じられないことだが、巨人が存在するという共通点はある。
けれどその巨人が、人間である私を襲わないということはおかしい。
ここにいる巨人だけが襲わないのか。
それとも襲う原因が何かあるのか。

1人で悶々と考え込んでいると、急に辺りが暗くなった。
思わず顔を上げると、先ほど、私を運んだ巨人が戻ってきた。
距離が近くて、一瞬心臓が止まるほどに驚いた。
けれど、さっきまでのような恐怖感は薄れている。

「な、なんでしょうか」
「……」

巨人に言葉が通じるとは思えないが、いつもの癖で話しかけてしまう。
もちろん何も返事は帰ってこなかったが、返事の代わりに足元にいくつもの果物が落ちてきた。

「え……? これ、くれるんですか……?」
「……」

再び質問してみたが返ってくるはずもない。巨人は果物を足元に落とすと、そのまま私の傍に座り込んだ。そのまま、私のことをじっと見ている。
何とも居心地が悪いのだが、それよりも足元の果物だ。おそるおそる手に取ってみると、それは林檎であったり葡萄のようなものだったりと、多肉的な果物でどうにか食べられそうだ。

手に取ってみたが、これを食べるのはいささか抵抗がある。
けれども傍らの巨人はじっと私の事を見つめている。「食べないのか?」と今にも声をかけてきそうなほどだ。

なんとなく、食べた方がいいような気がした。
林檎を服の裾で軽く磨き、そのままひとかじりした。甘みと酸味が口の中に広がる。そこで初めて、私は空腹だったことを思い出した。

そのままかりかりと林檎をかじっていると、傍らの巨人はおもむろに立ち上がってその場を後にした。まるで、私が食べ物を口にしたのを見届けるように。

「……」

なんとなく、不思議な気分だった。捕食されることもなく、むしろ食料を与えられている。

太らせてから食べるつもりだろうか、と思わず勘ぐったが、あの漫画の巨人であればそのような知性は持ち合わせていないだろう。人間を食べる衝動しかなかったのだから。

そのまま果物を食べた。持ってきてもらった果物を全て平らげると、私の正直な体は、今度は睡眠をほしがった。
どう考えてもこの状況で眠くなるなんて私はおかしい。けれども、体が妙に疲れている。瞼の重さに耐えきれない。

ここの巨人は襲ってきそうにないし、少しくらい、いいかな。
眠さのあまりそんな考えに至り、私は瞼が勝手に落ちるのに任せた。

prev next
back


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -