君は遠い人 | ナノ
恐れもなく巨人に近寄り、食べられかけるハンジさんを、近くにいたモブリットさんが大きなため息とともに見守っていた。
どうやら彼は苦労性らしい。
ハンジさんはひとしきり興奮し終えた後、更に追加で色んな指示を出した。
「巨人の顔に触って!」
「口開けてる中に手って入れられる?」
「顔を軽く叩いてみて!」
無理難題を吹っかけるハンジさんに、私もため息がこぼれた。しかし、やるしかない。
これも仕事のうち、と意を決してそれらを無事こなすと、ハンジさんのテンションが最高潮に達した。
「サイッコーだよ!! 名前、君はなんて素敵な女性なんだ! 私が言った事すべてに応えてくれるなんて! 女神のようだね!!」
「え……いや、仕事ですし」
流石に巨人の口の中に手を入れるのは万が一の事があったと怖かったが、それも問題なかった。
巨人たちは私の姿をその目で捉えていながら、私のすることに興味がないのか、抵抗もしない。顔を軽くはたいた時でさえ。
真横でハンジさんが未だに興奮した状態で私のことを何や彼やと褒めちぎっているが、私自身、少し驚いていた。
巨人は私を襲いはしないが、こんなに近付いても大丈夫とは思わなかった。
それでは、私のことを一体何と思っているのか。
考えに耽りかけた時、私の真後ろから、ものすごく低い声が発せられた。
「おい、ハンジ。相変わらず気持ち悪い興奮の仕方だな」
この声は。
ゆっくりと後ろを振り向くと、我らが人類最強がそこに立っていた。眉間にはいつにも増して深い皺が刻まれており、不機嫌そうなことが遠くからでも分かるようで、彼の周囲の人波がサーッと引いていく。
私はその人波の引きに置いていかれてしまい、目線が同じくらいの位置にあるリヴァイ兵長と目があってしまった。
「てめぇも遅えんだよ。すぐ来いっつったろうが」
「え? いや、でもエルヴィン団長が……」
「四の五の言うな。行くぞ」
「え、ええ?」
そんないきなり。
今はハンジさんとお仕事中なのに。
いやでも、これが仕事なのかは判然としない。
もしかしたら仕事関係なく彼の趣味に付き合わされているだけかもしれないが。
ちらり、とハンジさんの方を振り向く。彼はにこやかな笑みを崩さなかった。
「あれ、リヴァイも用があったの? それなら別に構わないよ」
「ええ!?」
何故そこで食い下がらない!
貴方は巨人好きの変人ではないのか。私の身をこの、目だけで人を瞬殺できそうな人に任せないでくれ!
そう内心で叫んだのだが、当然その叫びは届かずに、私はずるずると人類最強に引きずられていった。
「じゃあね、名前! 続きはまた明日にしよう!」
「えええぇぇぇ……?」
ハンジさんの爽やかな笑顔に見送られて、その場を後にした。
prev next
back