境征参加 | ナノ




火縄銃の音が聞こえた瞬間、幕の中にいた武人たちは自分の武器を取り、臨戦態勢に入った。

その中で佐助だけはすぐさま名前から離れ、汚れるのにも構わずに地面に伏せて耳をつけた。

目を瞑り、足音に神経を集中させる。


「……ここからそう離れていませんが、そこで複数の足音が聞こえています」

「上杉か?」

「……俺の調べでは上杉は火縄銃を所持していません」


信玄の問いに、頬に付いた泥を払いながら佐助が答える。
その表情は硬い。

彼は言いづらそうに、口を開いた。


「もしかすると……また別の軍勢かもしれませんね」


佐助がそう呟いた瞬間、信玄と政宗は互いに目配せをした。


「伊達殿……この話は」

「分かっている。また後日に」


そう言いあって、二人は立ち上がった。
そして武将はそれぞれ、部下たちに指令を下す。


「佐助、急ぎで詳細を」

「御意に」


命を受けた佐助は、陰になっていた足元の暗がりに溶けるように消えていった。


「幸村は、ここを離れぬよう。不審な軍勢もだが、上杉のことも忘れてはならん」

「承知しました、お館様!」


奮起する幸村から、信玄は名前に振り返った。

不安そうに自分を見上げる少女に、苦味を含んだ笑みをよこす。


「名前よ、ここまで来てしまったからには仕方ない」

「……すみません」

「別にお主を責め立てているわけではない。ただ、……覚悟をせねばならぬということだ」


信玄は、大きな手で名前の頭を撫でた。彼女は無言で頷いた。


「……今からここは、混乱を極めるであろう」


名前の耳にしか届かないような声量で、信玄は呟いた。


「その時、誰もお主を守ってやれる者はいないかもしれん」

「……はい」

「これを持っておれ」


信玄が懐かた取り出したのは、小さな刀であった。
鍔のない、白い木材の鞘に収まっているそれを、彼は名前の手に乗せた。


「いざという時、それを使え」

「……」


掌に乗せられたそれは、見た目とは裏腹に非常に重かった。

名前はそれを固く握り締める。
この重みは、自分の命の重みと同じくらいだろう。


「……お主には、辛い思いをさせる」

「……いえ」


沈痛な信玄の声に、名前は横に頭を振る。

当然なことだった。戦国時代に生きるものならば男も女も子どもも関係ない。

覚悟。その言葉が頭の中で嫌になるほど鳴り響いていた。



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