境征参加 | ナノ




大の苦手な馬の上だというのに、名前の顔色は悪くもなければ、眉根を寄せて口を掌で押さえてもいなかった。

馬が道を駆け、景色が変わっていくにつれて彼女は、自分の身体が硬直していくのが分かった。

緊張している。
生まれてこの方無かったというほどに。

昨夜はこの奇妙な緊張感のせいで殆んど眠れていない。
体調は万全ではないのに、馬に揺られて酔わないというのは緊張しているからだといえ僥倖だろう。


(戦、かあ)


いくさ、と声を出さずに呟いて、震える身体を押さえつけるように自分の服をぎゅう、と握りしめる。

着いて行く、と昨日返事をしてから何故か体中の震えが止まらない。

決めたのは誰でもない自分自身だというのに。

はやる気持ちと後ろめたさが綯い交ぜになって、どんな表情をするべきか分からなくなる。

そんな時、後ろから声をかけられた。


「Hey、大丈夫か?」

「あ、」


乗馬技術が皆無な名前は例によって例の如く、政宗と相乗りをしていた。

今回は何故か後ろではなく、政宗と馬首の間に収まっている。
手綱を扱いにくいだろうに、と彼女は政宗の背中側に行くことを提案したが背中に吐かれたくない、といつもの軽口を言われて断られた。

そのせいで自然、彼との距離が近い。


(……はずかし)


彼は、馬の蹄の軽快な音にかき消されない程度の音量でかすかに笑った。


「吐くならさっさと言えよ?」


こういう時の政宗は鋭い。
これから戦場に赴くことに名前が怯えていることなど、一目瞭然のはずだ。

彼がどんな表情でその言葉を口にしているのか見てみたかったが、残念ながら彼女に後ろを振り向く余裕はなかった。


「Partyはまだ始まってねぇ。体、楽にしとけ」


それでも後ろから掛けられる声は妙な安心感を齎してくれる。


(伊達さんって、実はすごく優しいんだよなぁ……)


普段は揶揄われてばかりいるが、その裏側に、時たま優しさが垣間見える。

彼は何も言わないが、背中側に乗せてくれないのも、吐く吐かないだけの意味じゃないのかもしれない。


「ありがとう、ございます」


自分の方を見ずに前を向きながらもほっとしたように頬を弛めた名前を見て、彼女に分からないように政宗も笑った。


川中島は近い。




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