境征参加 | ナノ
慶次の家につくまでに二三度休憩が入ったが、名前は乗り物酔いで反抗する気力を無くしていたので、再び慶次に襲いかかることはなかった。
起きているよりも寝ている方が何も感じなくて楽なので、駕篭の中ではもっぱら寝て過ごした。
何度目か知れない睡眠の後目を覚ました場所は、布団の中であった。
「……ん?」
段々と意識が回復していく。
それに伴い、認識能力も戻ってきた。
「あれ。ここ、どこだ」
上田城の自室とよく似た作りだが、微妙に違うし調度品も異なっている。何より、空気の匂いが違う。
周囲をぐるぐると見回しながら、ふと名前が着替えていることに気が付いた。
「こんなのに着替えたっけ……?」
柔らかい生地の着物を着ている。
自分の体を見下ろしながら唸っていると、あまり音を立てずに誰かが入室してきた。
襖の向こうから現れたのは、先程の露出の多い服とは異なり、落ち着いた淡い紫の着物を着ているまつと、何故か頬が腫れている慶次だった。
「おはようございまする、名前殿」
「お、おはようございます、まつさん。
……慶次、どうしたの?」
彼の頬の腫れが気になって尋ねてみると、慶次はあはは、と照れくさそうに笑ったが、まつの一睨みで笑うのをやめた。
そしてまつは布団の傍らに座り、深く頭を下げる。
「申し訳ございませぬ。まつめの勘違いと慶次の嘘で、あなたをこんなところまで連れてきてしまいました」
「へへ、……ばれちまった」
情けなく顔を弛める慶次に呆れたが、彼女はまつに顔を上げるように頼んだ。
「そんな、まつさんが謝ることではありません。
悪いのはそこにいる慶次ですから、全部」
「ちょ、名前! それって酷くね!?」
「「黙って(なさい)」」
「はい」
まつはハァ、と溜息を吐く。
「一昨日甲斐に謝罪の文を送りました。名前殿は甲斐の客人であるというのに、うちの阿呆の慶次は無理やり……」
その呟きを耳ざとく聞き取った慶次は唇を尖らせる。
「まつ姉ちゃんだってほとんど無理やりだったじゃん!」
「あ、あれはあなたの嫁だと思ったからであって、逃がさないようにと急いだのです!」
(逃がさないようにって怖いなオイ)
「コホン! そ、それはさておき」
まつは名前に向き直る。
「もうじき返事が来るでしょうから、それまでゆるりとお待ちくださりませ」
「すみませんが、お世話になります」
「ご迷惑をかけたのはこちら。世話などとおっしゃいますな。客人としてもてなさせて頂きまする」
「はぁ」
申し訳なさそうな顔をしている名前を元気づけるように慶次は笑った。
「そうそう。ゆっくりしていきな!」
「慶次。あなたにはまだお説教が残っていますからね」
「ええええ! またかよ!」
「当たり前です! ――それではもうじき朝餉にいたしますゆえ、まつはこれにて。
慶次。名前殿に家の中を案内なさい」
「はぁーい」
そういい残し、まつは部屋を出て行った。
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