境征参加 | ナノ
その後慶次とともに軽食をとり、自室に戻った名前は当初の目的である部屋の掃除に取り掛かることにした。
「まず、本棚だよね」
物を直すところがなければ掃除も始まらない。
そう考えた彼女は清に頼んで木材と道具を用意してもらったのだが、やはり釘はなかったようだ。
そこで名前は思い出した。確か日本建築は釘を使わないのが売りではなかったか。しかもこの時代、鉄といえば貴重品だろう。釘なんかに転用できるはずも無い。
あきらめかけた名前だったが、昔テレビで、職人が木と木をパズルのように繋ぎ合わせて細工物を作っていたのを見たことがある。
(……何事も挑戦せにゃ)
よし、とのこぎりと板を手に、庭先に下りた名前は木に印をつけるとそこをのこぎりで削りはじめた。
手に余る大きさののこぎりは錆び付いていたが存外削りやすく、木同士を組み合わせるための凹凸が出来上がった。
一つの角を作るのにかなりの時間を要したが、出来ないことも無い。
(ただ部屋が中々掃除できないって事だけだよねー……)
それでも、熱中できることを見つけれたことは幸いだ。
好きな歌を鼻歌で歌いながら、ギコギコとのこぎりでもう一つ角を作っていく。
「ふんふんふーん、ふんふんふふん」
「何作ってんだ?」
「うびゃあ!」
背後からひょっこり顔を見せた慶次に驚いて危うく指を切るところであった。
「け、慶次……」
「よっ!」
「びっくりしたぁ……。人差し指と泣き別れするところだった……」
「こ、こりゃすまねぇ。でも、何作ってんだ?」
慶次と夢吉ともども、名前の作っているものに興味津々である。
少々不恰好であるからあまり言いたくはなかったが、仕方なしに名前は呟いた。
「本棚、のつもり」
「え、自分で作ってんのか!?」
「? うん、暇だしね」
「すっごいな名前!」
「……そんな驚くこと?」
「だって自分で作るなんて、女の子じゃあ考え付かないぜ」
「だってないものは自分で作るしかないし、……って、慶次。今私の事、女の子って言った?」
「ん? そうじゃないのか?」
「その通りだよ慶次君!!」
「うおっ」
感極まった名前は、それまで握っていたのこぎりを放って慶次の手を取った。
突然のことに驚いた慶次は尻餅をついてしまう。
「ど、どうしたんだ?」
「いやあ、一目で分かってくれたのって慶次が初めてなんだよ! 清ちゃんも幸村もあの片目野郎も、皆間違えたし……」
「ひっでぇなー、それ!」
「でしょー!? ま、まぁ私が女の子らしくないってのもあるんだけどねー……」
自分の姿を見下ろして嘆息した。地面にござを敷いているからといっても体中木屑だらけだし、指も手も綺麗なんて到底言えない。
女の子らしくするのは今更、という気までする。
すると慶次は、彼女の手を握り返し、名前の目を真っ直ぐ見て、笑った。
「名前はちゃあんと女の子らしいよ。もう少し見目を整えたら、皆がびっくりするくらい綺麗になる」
「け、慶次」
衒いのない真っ直ぐな言葉に、頬が赤くなっていくのが分かった。
照れ隠しに彼女は笑い返した。
「ありがと。そう言ってもらえただけで、すごく嬉しい」
「本当のことだって! 自信を持ちなよ」
「アハハ」
(持てません)
今までいくつ自分は間違われてきたというのだ。
しかし、本当に彼の言葉は嬉しかった。胸の辺りがほっこりと温まる。
不意に、慶次は何かを閃いたようで顔を輝かせた。
「そうだ。俺が見立ててやるよ」
「へ?」
「そうと決まれば……、おーいそこのあんた! ちょっとこっちに来てくんない?」
慶次はぽかんと呆気に取られている名前の手を握ったまま、丁度近くを通りがかった清に声を掛け、耳打ちする。
すると清は一瞬驚き、でもすぐに何かをたくらんだような顔になって「承りました」と言ってから何処かへ消えていった。
「け、慶次。清ちゃんに何言ったの?」
「秘密秘密! さ、本棚作りはまた今度だ!」
「ええええー!?」
あっという間に慶次は木材や道具を片付けてしまった。
(きょ、今日こそ出来ると思ったのに……)
「……慶次ぃー」
「そう睨むなって。本棚作るよりもっと楽しいことがあるからよ!」
そう言って快活に笑った慶次の顔も、何処か企みを秘めていた。
訳の分からない名前はただ眉をしかめているだけだった。
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