境征参加 | ナノ
人生最大かもしれない危機に、名前は直面していた。
「だ、だめだめ! ていうか無理!」
「ですが、どうしてもと……」
「うえぇ……まじで?」
(ばっちり顔見られちゃってるんですけど!)
伊達政宗は、名前に面会を求めているのだという。
そのことを清に聞かされた彼女は、無理だ無理だと首を横に振りまくった。
顔も性別も、ドザエモンという哀しい名前を覚えられてしまっている。
今後一切彼らの前には出たくないと名前は思っていた。
それでも清は依然焦燥したようにもじもじとしている。
「名前さま……」
「う……」
眉を下げてちょっと目が潤んでいる清に見つめられて言葉に詰まった。
(くそっ反則だ!)
どうしようと頭を抱えていたその時、頭上から聞き慣れた声が降ってきた。
「何か大変そうだねぇ」
天井を仰ぐと、いつものように佐助がそこから顔を覗かせていた。
「佐助! またそんなところから」
「だって俺様こういう役回りだしぃー」
よっと掛け声を出して彼は畳の上に着地する。
その際本の山が崩れたが誰も気にする様子は無い。
名前は彼に詰め寄る。
「もしかして……正体ばれた?」
「いんや、そうじゃないみたい」
「えぇぇ!?」
そっちの方が驚きである。どうなっているのだ伊達政宗よ。
佐助は疲れたような顔で溜息を吐いた。
「いやさ、どうやら名前ちゃんのことが微妙に知られてたみたいでさぁ」
「微妙に?」
「そうそう。それが気になって来たんだって。俺様頑張りすぎちゃったなぁ」
はぁ、と佐助はふざけたように苦笑した。
名前は悩む。顔は先ほど見られてしまっている。
何食わぬ顔で会ってもいいが、正体を問われて嘘を突き通すほどの度量も話術も、残念ながら無い。
「……病欠にしといて」
一番無難な選択だ。しかし佐助は首を横に振った。
「自分から会いに行くって言うよきっと」
「そこまでするもん……?」
佐助はまた溜め息を吐いた。
「それがね……、伊達の旦那ったら、いきなり同盟結ぼうって持ち出したんだ」
「ドウメイ? ドウメイって、あの?」
「そ。同盟。
こんな乱世で同盟なんてちゃんちゃらおかしいけど、伊達と武田で同盟を結びたいんだとよ」
「へぇー」
同盟ということは少なくとも彼らと戦うことは先延ばしになるわけだ。
平和なのは結構なことである。
「名前ちゃんが呼ばれた理由は、曰く『同盟国に隠し事は無用』なんだと」
「……だから、匿っている客人と会わせろ、って?」
「そゆこと。物分りよくて助かるよー」
だからさ、と佐助はにっこりと、それはもうにっこりと笑った。
「お着替えちゃっちゃと済ましちゃって☆」
「結局それか!」
彼女は畳に突っ伏した。ああ、またあのコワもて二人組みに合わねばならないのか。
その肩を、佐助がポンと叩く。
「そう気を落とすなって。大丈夫、策は考えてあるから」
「策……?」
「うん」
そう頷いて笑って見せた佐助の顔は何だか輝いているように見えた。
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