境征参加 | ナノ


痺れ薬の効果は丸三日続いた。呂律も回らず、手足が何もせずとも震えるような強い薬であったが、この三日間の間、佐助の配下の者は彼を留め置くのに大変苦心したという。

 手足が満足に動かせないというのに、出ていこうとするのだ。

 どこに、という問いをする者は、一人もいなかった。

 その知らせを聞いた真田幸村は、腹の底に溜めていた怒りが徐々に溶けていくのを感じていた。それまでは、戦装束に身を包み、二条の槍を離さずに自室に籠もっていた幸村は、自身の部下の失態をどう責めるか考えあぐねていたのであった。

 どうしても、怒りが先行してしまうのである。

 何故、何故かの人を織田に奪われてしまったのか。どうして守れなかったのか。

 川中島の、あの酷い有様であった戦場で、幸村は佐助に命を下した。



「その身を挺しても、名前殿を守れ」



 一つ頷いて姿を消した忍を信じて、幸村は目の前に立ちはだかる軍勢を少しでも減らすことに専念した。本当は自分が行きたくて行きたくてたまらなかった。

 もし、自分があそこにいたのなら。考えても仕方のない、過ぎたことを何度もくよくよと悩んだ。

 同年の存在は、それまでの自分にはなかった。若くから真田家の当主として主に仕えてきた。

何くれと世話を焼いてきたり、主を主と思わない口振りで接してくる佐助とでさえ、結局は主従の関係である。有事の際には、あの男は主人のためなら何の躊躇いもなく自らの命を投げ出すだろう。
そうやって、年の離れた者に囲まれた生活を物心ついた時から続けていた。

 その折りに出会った彼女の存在は、自分にとって大きなものになった。

 立場の違いはあったが、頼んで気安く接してもらった。一緒に団子も食べに出かけた。くだらない世間話をし、稽古に付き合ってもらった。

 おそらくこれは、十数年生きてきて初めて持つ感情。

 彼女のそばで、いつものように笑っていたい。なんでもない会話を交わしたい。日々の細やかな変化を、一緒に辿りたい。

 恋慕と呼ぶには、あまりに幼い情。しかし、それでも幸村は彼女のことを考えると、自然と頬に熱を持つようになった。

 そうして彼は、同じようにあの戦忍もこの感情を抱いていることを何となく分かっていた。

 人を殺めることを何も思わない忍。そうすることが当たり前であると育てられた男。

 そんな男が、必要以上に気にかけ、心を砕いた存在。ふとした瞬間にのぞかせた、慈愛に満ちた表情。

 心の機微に疎い自覚のある幸村でさえ、佐助の心が透けてみえるようだった。

 対抗心。幸村は心の中に渦巻くその感情を、そう名付けた。


(後押しなど、してたまるものか)


 幸村は、己の立場をよくわきまえていた。自分が佐助に引けと命じれば、彼は何もいわずに彼女の前から姿を消すことも。それを、彼女が何よりも悲しむだろうことも。

 勝ち目のない戦いだろう。そう思った。
 しかし、引かない。引いてなんかやらない。

 手負いの部下にかける言葉を考えながら、幸村は立ち上がった。

prev next
back


「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -