境征参加 | ナノ


それは、ふとした瞬間のことだった。

ほんの気の緩み。いつもなら絶対に侵さない失敗を、佐助はしてしまった。

光秀の鎌から体をかわす際に、足の着地点を定める場所が悪かったのだ。足は、土ではなく柔らかな草を踏み、そのまま滑った。人に踏まれ慣れていない草は豊かで、僅かに露を含んでいたのだ。


「っ……!」


強く背中を打つ。しかしそれは問題ではない。
真の問題は、次に襲い来る刃が避けられないという致命的なものだ。

佐助は全力でその場を逃れようとした。しかし光秀はそれを、見逃すはずがない。

次の瞬間左肩に、激痛が走る。


「くっ……!!」


腕を落とされた、かと思ったがそこまでは至らないようだ。傷口を見てみると、血は多量に出ているものの、傷自体は浅そうだ。筋も無事らしく、指もなんとか動く。
避けるのがあと数瞬でも遅ければ、こうはいかなかっただろう。


光秀から距離を取ったまま、この後のことを考える。

このまま戦い続けるのは得策ではない。傷は浅いが、治療を今すぐにでも必要とする程度には出血している。多少の出血で動けなくなることはないが、戦い続けるのはまず無理だ。

名前のいる場所まで行き、彼女を救出して更に逃げる。
光秀からは逃げ続けることにはなるが、最悪の結果と比べれば幾分かはましだろう。

考えている間にも、傷口からは血が流れ出ている。熱いものが腕を伝う感覚は久しいものだった。

しかし、それだけではなかった。


「これ、は………!」


傷口が、熱い。そして、痛みがぶれる。
この感覚には覚えがあった。


「しびれ薬、か……!」

「ご明察。さすがは忍ですね」

「うぁ……っくそ!」


鎌の刃に薬を塗り込んでいたようだ。じわじわとその感覚は体中に回っていく。膝が崩れていくのがわかった。それでも意識だけが明確に残っている。


「素晴らしい効き目ですね。織田の忍長を褒めておきましょう」


ねばついた笑みを浮かべながら、地面にくずおれた佐助に鎌の切っ先を向ける。
次は、喉元へピタリと刃を当てた。

光秀はそれでもなお殺気を放つ佐助に、笑顔を向ける。


「あの娘の居所を教えていただければ、苦しまずに首をはねてあげられますが、いかがでしょう」


思わずぞくっとした。しかし、それを顔には決して出さない。


「……教えても教えなくても、結果は一緒だろうが」


それに、何があっても教える訳にはいかない。

守ると決めた。全てのものから彼女を守ると。
例え自分の命を引き換えにしても。

光秀はその言葉に少し驚いて、また笑った。


「それもそうですね」

「だいたい、何であんたらはあの子を奪おうとするんだよ。ただのガキだろうに」

「私の主が彼女をご所望なのですよ」

「……織田信長がか?」

「ええ。先を知る少女と話がしたい、とね」

「……!?」

「おや。貴方もご存知でしたか」


まさか、彼女の情報が漏れているなんて。佐助は思わず自分の部下を疑ったが、今はそれどころではない。

ますます名前を織田の手に渡すわけにはいかなくなった。


「……そりゃ、教えるわけにはいかないね」

「そうですか。残念です」


鎌がゆらいだ。冷たい刃物がきらめく。

その刃物が喉を切り裂く瞬間、悲痛な声が響いた。


「待って!」



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