境征参加 | ナノ



足軽の言葉は実際、正鵠を射ていた。彼が決死の伝言を伝えてから間もなく、味方ではない軍勢の足音や声が名前の耳にまで届くようになった。

伝言の甲斐あって、武田軍はなんとか直前のところで準備に間に合った。

現在、本陣の中にはもう名前しかいない。幸村も信玄も先頭に移動した。
佐助の姿は先ほどから見えないが、恐らく幸村の近くにいるはずだ。政宗や小十郎も同じく、彼らと一緒にいるのだろう。

唯一戦うことのできない彼女は、一人本陣に残るよう信玄に言い渡された。

伴には誰もついていない。それもそうだ、自分についている暇があったら戦わなくてはならない。
信玄のその言葉に、反論などできるはずもない。なにせ、全く役に立たないのだ。
戦力にもならず、かといって奇策で敵を弄すこともできない。


いくら未来の人間だからと、何か特別なことが起こるわけもない。


名前はどこまでも無力な、ただの女子高校生なのだ。

先の知識は一通りあるが、今回のような歴史になかった新たな現象については手も足も出ない。そも、今の自分の知識などゴミと同じだ。

名前は、信玄のくれた小刀を抱きしめた。今はこれが頼みの綱だ。この小刀で何ができるのかたかが知れているが、何も持っていないよりは幾分かましなのは確かだ。

徐々に人の声が遠ざかる本陣で、一人震えながらすべての終わりを待つ。


(なんて、私は役立たずなんだろう)


視界がぼやける。頬を濡らす熱いものは、自分の無力さへの呪いだ。

なぜ、私には戦う力がないのだろう。
なぜ、こんなところへ来てしまったのだろう。

あの、心地よい奥州の城で退屈ながらも平穏な日々を過ごしていればよかったのかもしれない。
政宗と小十郎はいないけれど、成実や清がいる。留守の小十郎に代わって畑の世話をするのもいい。成実とともに朝市に行って買い物をするのもいい。清と、いつもの世間話に花を咲かせるのも。

けれど自分はここへ来た。幸村や信玄、そして佐助の無事を確認するために。


では、もう自分の目的は果たしたのではないか?


名前の脳裏に、その言葉がよぎった。
そうだ、本来の目的はこれだけだったはず。意図せずしてこのように戦に巻き込まれているが、本来は彼らの無事を確認するだけだったはずだ。


もう、いいのではないか?

逃げても、どこかへ行って隠れても。
無力な自分に構う人間などいない。
今自分がいなくなったとしても、惜しんだり悲しんだりする人など、きっと、いない。


なんとなく、肩の力が抜けた。涙も止まった。

むしろ、腹の底から笑いが込み上げてきた。


「……私、何してんだろ」


ここにいる意味も今、失った。

考えないようにしていたのに。必死で、あれだけ隠そうと努力してきたのに。

信玄から預かった小刀が手から滑り落ちた。
からん、と音を立てて転がる刀に見向きもせず、彼女はただ空を見上げた。


(なんのために、この時代へ来たのだろう)


いつも頭の片隅にあった疑問。
タイムスリップというものがどのような確率で発生するかなんて知らないが、選ぶならばもう少しましな人間にすればいいものを。


「人選ミスだよ、神様」


私はとても、無力だ。



 


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