境征参加 | ナノ



「そうですか、おだがかわなかじまへ……」


上杉軍の陣内にて。
軍神と名高い上杉謙信は、武田方の連絡係から渡された書状に目を通すと、その切れ長の目を細めた。

巻物には簡潔に「織田の軍勢が自分たちを狙っている。このままではお互いに共倒れとなるので、一時的に休戦し助け合わないか」という内容が書かれてあった。

織田が自分を狙っている。普通の武将なら恐れおののき慌てふためくはずの状況でも、軍神は穏やかな佇まいを崩さなかった。


「わかりました」

「それでは上杉殿……」

「こんかいもまた、かいのとらとのけっちゃくはつかぬようですね」


軍神がその麗しい顔に寂しげな表情をのせると、傍らに佇んでいた金髪の忍が感嘆の溜息を吐いた。


「かきものをするじかんがおしい。かいのとらには、『またいずれ』と」

「お館様に伝えておきます」

「れんらく、ごくろうさまでした」

「それではこれにて」


そういって、武田の連絡係は急いで武田の陣へ帰っていった。

戦の最中に敵方と連絡を取り合うのは、普段ならばないこと。
異常な事態が起こっていることが、謙信にはよく分かった。

謙信は、傍らに跪いてこちらを見つめている金髪のくのいちに微笑んだ。


「わたくしのうつくしきつるぎ」

「はい、謙信様」

「そなたに、しめいをあたえます」


甘く崩れた表情のかすがは弾かれたように佇まいを正し、表情を凛々しくさせる。

いくら謙信に陶酔していようと、かすがは忍だった。仕事の話になると、纏う雰囲気が別人のようにがらりと変わる。

謙信は彼女を見つめながら優しく問うた。


「そなた、たけだのしのびとどうきょうでしたね」

「!?」


その言葉に思わずかすがは思わず目を瞠り、次いで眉間に皺を寄せた。
敬愛してやまない主の口から、腐れ縁の男の存在が飛び出すなんて。

だが主人に嘘を吐くわけにもいかない。


「……はい、同じ里の忍でございます」


少し嫌そうに答えるかすがに、謙信は更に笑みを深くさせた。


「ならばともがらどうし、ちからになることもできましょう」

「……」

「、つるぎ」


浮かばない顔をしているかすがと同じように謙信は膝をついて、少し俯き気味なかすがに目線を合せた。

謙信が膝をついたことに気づいたかすがは弾かれたように顔を上げたが、距離が近まったことが気になったらしく、恥らうように白い頬を桜色に染め、また少し俯いた。


「はい、謙信様……」

「ことはいっこくをあらそいます。こんかいかぎり、こらえてくれますか」

「謙信様の御命とあらば」


今度はしっかりと答えを返した彼女に、謙信はふわりと微笑んだ。

刀を扱う者とは思えないほどに美しい繊手をかすがの頬に添える。


「つるぎはまこと、あいらしい」

「謙信様ぁ……!」


感極まったかすがは無礼を承知の上で謙信に抱きつくと、その背に回される腕に至上の幸福を感じたのだった。



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