境征参加 | ナノ


時刻は夜明け前。

薄闇に包まれた窓辺からは平和そうな雀の囀りが聞こえてくる。

そこにひた、ひたという床板の上を歩く足音が混じったが、気に留める者は誰もいなかった。

やがてその足音の主は、ある部屋の前でふと足を止めると、しばらくして後その襖を開いた。

その部屋は武田からの客人として招かれている名前にあてがわれたものである。

音もなく開かれた襖の目の前には衝立があり、その向こう側からは名前のものと思しき呑気そうな寝息が耳に届いた。

侵入者はふっと笑ってその衝立を退すと、寝息を立てている彼女の傍らに座り込み、耳元に口を近付ける。


「Hey、Hey。Get up,early」


低く掠れた声で寝ている人間の耳元で囁きながら肩を掴んでゆるく揺さぶった。

だが名前から一向に起きる気配は感じられない。段々苛ついてきたのか、肩を揺さぶる力が強まっていった。


「Hey 名前、いつまで寝てんだコラ」


ついに何かの仕置かというくらいまでにガクガクと肩を揺すぶられ、おまけとばかりに鼻を摘まれた名前はようやく薄く瞼を開いた。

彼女の眉には幾筋もの皺が刻まれており、一目で不機嫌だというのが分かった。


「もー……誰……」


寝起きのため、少し掠れた低い声でぞんざいに誰何をする名前に、侵入者は呆れたような溜め息を吐いた。


「全く、あんたは色々期待を裏切らない女だな」


予想した通りの寝起きの悪さだ、と嫌味をいう男の低い声に彼女は聞き覚えがあった。


「あー…伊達さん……ですか?」

「Ya」

「……何しに来てんですか」


相手がこの城の主である伊達政宗だということが分かって彼女の目が少し覚めた。

名前は上半身だけ布団から起こすと、傍らで足を崩して座している政宗を胡乱気に見つめる。


「こんな夜中に何か用でも?」

「阿呆。もうじき夜明けだ」

「もうじき夜明けだろうがなんだろうがまだ眠いので日が昇ってからお願いします」


一息でそれを言い切ると、彼女は政宗に背を向けて再び布団の中に潜り込んでしまった。すぐに寝息が聞こえてくる。

こめかみを引きつらせた政宗は、無言のまま掛け布団に手を伸ばすとそれを思い切りひっぺがした。

いきなり安息の地を奪われた名前は目を見開き、政宗を上目で睨む。もはや敬意などは頭にないらしい。

だが彼女の睨みなど意に介さず政宗は意地悪く笑った。


「こうすりゃ否応でも起きるだろ?」

「……そこまでして私を起こす理由はなんなんですか」

「もうじき朝市が始まる」

「アサイチ?」


聞き慣れない単語に鸚鵡返しで問い掛けると、政宗は朝に開かれる市だ、と簡単に説明をした。




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