境征参加 | ナノ
晩もまつの腕によりを掛けたご飯を食べた名前は幸せそうな顔をしながら、宛がわれた部屋でゴロゴロしていた。
傍らには呆れ顔の慶次が居る。
「おっまえ、よく食ったなぁ」
「……嫌味デスカ」
「いやいや。見事な食いっぷりだと思ってさ! 女の子じゃ中々いないよ」
「だ、だってまつさんのご飯が美味しすぎるんだもん……!」
しかも、もうじき帰らなくてはいけないのだ。
タッパーがこの時代にあれば彼女は迷うことなくつめこんでいただろう。
それほどまでに美味しく、かつ量があった。
「もう食べられないかも知んないから、食いだめしてんの」
「食いだめて……。また食いにくればいいじゃねぇか」
「また、ねぇ……」
頭の中の曖昧な地図帳によれば、加賀といえば現在の石川県あたりだったはずである。甲斐は確か山梨県だ。
たとえ地図上では数センチとはいえ、現実は数百キロは離れている。
電車や車なんて便利なものがないこの時代、交通といえば馬か籠か徒歩だが、名前は馬に乗ったこともなければ、籠にはトラウマがある。そして言うまでもなく、徒歩は時間が掛かりすぎる。
「……いつか、ね」
「また『いつか』かよー」
少し慶次が頬を膨らませた。
「京にいくのも『いつか』だったろ?」
「ごめんごめん。でも、確証がないんだからしょうがないって」
「いつ迎えに行けばいいんだか……」
「気が向いた時でいいよ。ありがとね」
ぶつぶつ言いながらも考えてくれる慶次に笑いかけると、不意に彼は顔を輝かせた。
「そうだ! 名前、いっそのことしばらくここにいろよ!」
「!?」
「なら甲斐に比べて京に近いし、まつ姉ちゃんの飯も毎日食べられるし」
馬鹿なことを、と一蹴しようとしたが、まつの食事も付いてくるとなればかなり魅力的である。
「ううん、どうしようか……」
うんうん唸っていると、ふと聞きなれた声が後ろから聞こえた。
「何迷ってんの、名前ちゃん」
目の前に居る慶次が目を見開いている。
慌てて振り返ると、そこには良く知る疲れた顔の忍の姿と、荷物を持ったまつがあった。
「さ、佐助……」
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