境征参加 | ナノ



「ここが風呂場。んで、その隣が厠。場所覚えたか? 一人で行けるか?」

「ちょ。佐助みたいなこと言わないでよ。……断言できないけどさ」

「ハハ。ま、ここはそんなに入り組んでないからすぐ憶えるだろ。
 じゃ、次ねー」


慶次の案内は色んなところへ及んだ。

まつが忙しなく動き回っている台所から、馬とか鷹とか、何故か狼と熊もいた家畜小屋まで、名前が「ここまで教えていいのか……?」と危惧するくらい、あけっぴろげに案内していく。

次の部屋に行こう、と廊下を歩いていると、ふと慶次が立ち止まり、襖を開けた。


「名前。ここが利の部屋だ、ぜ……」


にこやかに説明しようとした彼だが、部屋の中を見た彼の顔はその瞬間思い切り引き攣った。

そしてそのまま乱暴に襖を閉める。すると、内側から声が聞こえた。


「何だ慶次。飯かぁー?」


間延びした男の声。
どうやらこの声の主が、当主の利、なる人らしい。

しかし慶次は部屋を通り過ぎた。


「き、気にすんな。次行こうぜ!」

「いや、物凄く気になるんですけど」

「慶次ー?」


間延びした声は段々迫ってくる。そして、ガラ、と襖を開けた。

茶褐色の肌に、人の良さそうな顔。しかし顔はおろか全身にまで酷い切り傷が及んでいた。

全身。何故全身と分かるのか。

そう、現れた男は、丸裸だったのだ。

せめてもの救いとして褌をつけているが、ほぼ全裸である。


「慶次、無視すんなよー。って……そなたは誰だ?」


毒気のないまるっこい瞳と目が合う。

目を見開き、一瞬言葉を忘れたように呆然とする名前の目を慌てて慶次が隠した。


「利! そんな格好うろちょろすんなっていつも言ってんだろ!?」

「なぁ慶次。その娘は誰だ? 新しい女中か?」

「お客さんだよ!」

「そうか、客人か」


ははは、とお気楽そうに笑う彼を、慶次は部屋の中へ押しやった。


「何か着てこいよ! 褌一丁は家族以外の前では流石にダメだって!」

「ええええー? 某この格好が楽なのだが……」

「まつ姉ちゃんに言うぞ!」

「何、まつに!? わ、分かった。少し待っててくれ!」


ガサゴソという物音の後、現れた彼は褌一丁の姿に着物の上掛けをひっかけただけの姿だった。

それを見た慶次は溜息をつくものの、ようやく名前の目から手を外す。

そして男を指差した。


「こいつが利。俺の伯父さん。ちょっと格好がアレだけど、前田家の当主」

「前田利家だ! よろしく頼む!!」


名前は硬直した。


(まえだ、とし、いえ? も、もしかして、あの『加賀百万石』の!?)


元気に笑って差し出された手を、半分呆然としながらも名前は握った。


「は、初めまして。名前といいます」

「名前……? 何処かで聞いたような……そうか! 先日来られた慶次の客だな?」

「はい、そうです」


(来たって言うか、連れてこられたんだけどね……)


利家は柔らかな笑みを浮かべた。


「どうりで名に聞き覚えがあると思った。まつから事情は聞いている。ここを自宅のように思ってもらってかまわない。ゆっくりしていくといい」

「あ、ありがとうございます」


慌てて頭を下げる名前。


(良い人だ! は、裸だけど)


利家の首から下をあまり見れない名前だった。




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