境征参加 | ナノ
「じゃあ、今度は俺の番だな!」
「ま、まだあるの?」
「あったりまえだろー? ほら、そこ座りな」
慶次は衝立をどかし、その場に名前も座るように促す。
そうして脇から大きな木箱を引っ張ってきた。
「……何それ」
「何って知らないのか? 化粧道具だよ」
「け……」
実は名前、生まれてこの方まともに化粧をしたことがなかった。
お遊びで目元だけやってみたりしたことはあるが、フルメイクの経験はまだない。
「い、いいよ化粧なんて! 似合わないって」
「着物が華やかなのに顔だけ素っぴんなんて浮くぜ?」
「うっ……」
それもそうである。逆にその方が嫌な気がする。
「……お願いします」
「へへっ。じゃあしばらく目瞑ってな」
「え、慶次がするの!?」
「ああ。清さんはあんま得意じゃねぇんだとよ」
「申し訳ありません、名前様……」
「いやいや謝らなくてもいいんだけど……、慶次、本当に出来るの?」
名前は彼のごつい体つきを見て、胡乱気に尋ねた。
「ひっで。意外とこういうの器用なんだぜ、俺」
「慶次も化粧したりするの……?」
「……そんな目で俺を見るなよ。昔な、舞を習ってたころやらされてたんだ」
「へー」
「じゃ、分かったなら目ぇ閉じてな」
「へいへい」
大人しく目を閉じると、慶次の大きな手に顎を掴まれた。
「動くなよー」
何か刷毛のようなもので顔全体を撫でられる。
思わず笑ってしまいそうだったが、変な顔にはなりたくないので我慢した。
それからしばらくして、目を開けても良いと言われて瞼をそっと持ち上げると、きらきらとした笑顔の清が目の前にいた。
「可愛らしいです、名前様!」
「え、あ、ありがと」
「どんなもんだ」
慶次はやりきった、という顔で道具を片付けていた。
名前は顔の状態が良く分からないのでオロオロしていたが、丁度部屋の中に姿見があったことを思い出したので立ち上がり、そこまで歩いていった。
姿見のかけ布をとった瞬間、うわ、と声をあげた。
「……わあ」
「化粧乗りいいからやりがいあったぜー」
パチパチと何回か瞬きする。
白粉で白くなった肌に少し赤みのある頬紅を乗せ、目元は黒と艶やかな赤が差し、唇は控えめな李色の紅が乗っていた。
短めな髪には櫛がちゃんと通され、片耳の辺りには小さな髪飾りが結わえられている。
これならもう男だと間違えられたりはしないだろう。
だが。
「ねぇ慶次。……けばくない……?」
「そうか? それくらいが丁度いいと思うんだけど」
「私もそう思います」
「うーん……」
少し口紅の色を落としたかった名前だが、二人の意見に従ってそのままにしておいた。
「……んで? 楽しかったのは二人だけじゃない?」
着飾られて嬉しくない訳ではないが、楽しんだのは二人だけだ。
すると慶次は立ち上がり、名前の手を引いた。
「お楽しみはこれからだって! んじゃ清さん。ちょっと見せびらかしに行ってくるよー」
「お気をつけて。帰りはお早めに」
「ちょ、ちょっと慶次!?」
慶次に引っ張られるがまま、離れを出て母屋に入る。
そこで慶次の足が忍び足になった。
その格好が怪しくて、つい怪訝そうな顔で慶次に声を掛ける。
「……何してんの?」
「しー! だって、見つかったらやばいだろ?」
「どうして?」
「だって、こっそり城下に遊びに行くんだもんよ」
「……え? 許可取ってたりしてないの?」
「遊びたいときに遊ぶ、やりたいときにやる。それが俺の流儀だ」
「えええええー!?」
「あっ馬鹿! 大声出すなよ!」
「あっごめん……って何で私が謝らなきゃいけないんだ」
憤慨する名前をよそに、慶次はその手を離さない。
母屋の廊下は運良く誰も歩いておらず、慶次と名前は簡単に城の外へ出る事が出来た。
「へへ、らくしょーだな」
「うえええ……?」
「ほら、ぼけっとしてないてさっさと行こうぜ!」
城門前で何度も後ろを振り返る名前の手を慶次は引く。
しかし彼女は気が気じゃない。
「オカ……佐助に怒られるよ、勝手に外出ちゃ」
「大丈夫だって! 俺が何とかすっから!」
「本当?」
「本当に! 早く行こうぜ」
「うーん」
明確な拒否も出来ずに、そのまま名前はずるずると慶次に引っ張られるがまま城下へと降りた。
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