境征参加 | ナノ
離れの中では、色とりどりの着物と帯が広がっていた。
そしてその中心に立たされている名前は心の底から叫んだ。
「こ、これの何処が楽しいんだー!」
「私は楽しゅうございますよ、名前様。……慶次様、こちらの色もございますが」
「おっ、その色いいねぇ。じゃあ、この赤の着物に、帯は李で……そしてこの浅葱を添えたらどうだ?」
「まあ、華やかで素晴らしゅうございます!」
「だろー?」
「話聞けよアンタらァァァ!」
事はついぞ十分ほど前にさかのぼる。
慶次に半ば無理やり離れの部屋の中に入れられ、一体何が起こるのだろうと危惧していた名前は、清の持ってきた着物を見て何をさせるのか悟った逃げ出すことにした。
しかし手は慶次に握られているし、清の有無を言わさない笑顔で逃げ出すことが出来なかった。
「な、何でそんな派手な着物着なきゃいけないの! 他の色ないの!?」
「名前の選ぶ色は華やかさがねぇんだって」
「だって……黒とか紺とか茶色が好きなんだもん」
「おいおい。若い女の子ってのはもっといい色着なきゃ!」
「女の子全員が似合うとは限らないって。ほら現にここに一人いるって。生き証人がここにいるって!」
「名前様大人しくしてくださいませ。さあお召し代え致しましょう」
「じゃあ後は頼むよ」
「お任せ下さい」
「だからアンタら話聞けよ」
しかしその声は届くことなく、泣く泣く彼女の好きな色の紺の羽織と袴は取られ、代わりに艶やかな赤の地に蝶の舞っている着物が着付けさせられた。
しかもなにやら苦しい。
「き、清ちゃん、くるし……」
「女子の着物はこのようにきつく結びませんといけません故、少々我慢なさってください」
「う、うげげ」
「まあ、女子がそのような声をお出しになられてはいけませんよ」
「……清ちゃん何気にスパルタだね」
「すぱるた?」
「いや、なんでもないよ。独り言……」
すでに諦めモードに突入した名前は、されるがままどんどん着付けられていく。
清は手馴れているのか、ものすごい速さで、それでも綺麗に整えていく。
(そういえば、この時代の人ってこんなのが普段着なんだよね。……同情するよ)
どんなに現代の洋服が楽なのか思い知った名前だった。
ここに来たとき着ていた服は部屋の中の籠の奥底に仕舞ってある。
あちらは秋物だが、こちらの季節は初夏だったので少し暑苦しくて着れなかったのだ。
「……よし、終りました。慶次様」
それまで衝立の後ろで夢吉と戯れていた慶次はひょっこりと顔を覗かせ、名前の姿を見てにかっと笑った。
「おー。お疲れさん! ほらぁ、俺の見立ての通りだろ?」
「そうでございますね。とてもお似合いです」
「……ありがとう」
嬉しそうに二人に褒められても、内臓を締め付けられている名前は笑顔を返せなかった。
先程食べたご飯を戻すのではないか、と内心戦々恐々だ。
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