境征参加 | ナノ
甲斐の国、上田城のとある一室。
数本の蝋燭だけが光源となっている小さな部屋の中に、意識のない名前は佐助の手によって体を縄で縛られ、その状態で運び込まれた。
その姿をまじまじと見るのは、剃髪して袈裟に身を包んではいるものの、僧というにはあまりに存在感がある大きな男。
彼こそがこの国の領主、武田信玄その人である。
「して、この娘御が侵入者、とな?」
「そのようですぜ、大将」
「ふむ。……そうは見えぬがのぅ」
「俺もそう思ってたとこなんですよ。どーもおかしいんですよね。忍にしちゃ出来が悪すぎる」
佐助は蝋燭に照らされた橙の髪を、鉄爪をつけたままの手で弄う。これは彼が困った時にしてしまう僅かな癖だった。
「新人が一人、ということもないでしょうし。付近も捜索しましたが仲間の侵入痕等は発見できませんでした。……そしてこいつのも」
「ふむ」
領主である武田信玄と、その部下真田幸村お抱えの忍・猿飛佐助は、縄でぐるぐる巻きにされている名前を見て唸っていた。
「……それにしても珍妙な服装をしておるな。道理で幸村の奴が気絶するわけだ」
「ハ、ハハハ……」
そのことに関しては自分の体勢のせいだった、とは口が裂けても言えない佐助であった。
と、その時、ぐるぐる巻きにされていた彼女が呻き声を上げた。
「く、るし……」
ついで咳き込む。きつく殴りすぎたか、と佐助は一瞬思ったがそんなことは微塵も表に出さないで、信玄を庇うように彼の前に移動した。
「おはようさん。っていってももうじき夜半だけどね」
その言葉に彼女は佐助の方を見て、そして眼を見開いてからすぐに俯いた。
肩が震えている。当然かな、と頭の隅で考える。
「……佐助。縄を解け」
それまで佐助の後ろでじっと名前を見ていた信玄が命じた。
その命に佐助は眉根を寄せたが、逆らうわけにもいかず大人しく従う。
決して目を合わそうとしない名前を抱きおこし、懐から取り出したクナイで縄を切り解いてやる。
その最中、彼は主君に聞こえないよう小さく呟いた。
「変な真似したら、殺すからね」
「……!」
大きく彼女の肩が跳ね上がった。
縄を解きそれを回収すると、佐助は名前にほど近いところに座った。
信玄は慧眼と評されるその双眸で真っ直ぐに彼女を見つめると、静かに口を開いた。
「お主は何者だ」
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