境征参加 | ナノ




ぺと。


何かが首に触れる感触。
身体がぴくんと軽く跳ねた。

ひんやりと冷たい。触れている部分が凍ってしまいそう。
ぞわり、と背筋までが震える。



「……うー、ん?」



机で寝ていたはずなのに背中には床の感触がする。

もしかして机から落ちたのかなと、気だるげに名前は薄っすら瞼を開ける。

かすんだ視界は、オレンジ色で埋め尽くされていた。


(……あれ。このオレンジ、なんだろ)


眠たそうに目を擦ってもう一度オレンジの物体を見ると、それは人であった。どうやら髪色、のようだ。
無理矢理後ろに流したように所々跳ねっかえしている。
なんて奇抜な髪だ……と思いながらまた目を擦る。

その人物――男は、あろうことか自分に馬乗りになっている。しかしあまり重さは感じなかった。

顔を守るためだろうか。彼は顔に、まるで忍者がよくつけるような額宛と顎宛が同化したようなものをつけている。
両頬と鼻先にはペイントが施され、服は軍服のような迷彩柄だ。
髪色だけでなく服装まで奇抜だとはと目を疑って、最近の流行っていったい……と考え込みそうになったが、ふと男と目が合った。

男は名前の方をじっと見ていたらしく、目が合うとにっこりと口だけで笑った。


「やあ。ようやくお目覚めみたいだね」


その声音は耳に心地よく優しいものだったが、その目は全くと言っていいほど温かみがない。

敵意がある目だ。名前は本能で察知した。


「え、あ」


何かを言おうとしても言葉にならない。

まるで自分を射殺そうとしているかのような鋭い目に、冷や汗が額を伝う。

奇抜なファッションの男は、表情だけは笑ったままの表情で口を開いた。



「君、何処の忍者? 俺様の前で寝こけるなんて良い度胸してるよねぇ」



この男は一体なんの話をしているのだろうか。

脳内処理能力が恐怖で上手く働かない。

というかここは予備校なのではないのか。
この男は机から転がり落ちた自分を助けてくれた親切な人ではないのか。



「……答えろっての」



男は笑顔のまま彼女の首に押し付けているものを押し引いた。

ずく、と痛みが走る。
そこから何かが流れたような気が、した。



「――!」

「早く吐かないと掻き切るぜ?」



男の言わんとしている事を悟った。

この冷たいものは。この男は自分の首に何を当てている。

先ほどの痛みは、それを少し動かした、から。

薄い涙が視界を滲ませる。それでも、目をそらせなかった。そうさせない何かが、男の鳶色の目にはあった。



「う、あ……」

「……何、君。唖なの?」



男が不審そうな顔で、それでも刃物は首筋に当てたまま、考えこむようなポーズをとった。



「うーん、先にするか後にするか……。どうしようか」



直接的な表現を避けているようだが、彼女にはもう分かっていた。

男は、自分を殺すのを今にするか後にするかで迷っている。

人の命を、自分の裁量で決めようとしている。


(な、何だか知らないけど早く誤解とかなきゃ……!)


殺される。

男は忍者がどうのこうのと言っていたが、決して自分は忍者ではない。そんなもの、先祖にだっていないだろう。

身に覚えのないことで殺されるなんて、嫌すぎる。



「あ、の――」

「――さぁすけぇぇぇぇぇ! どこだぁぁぁああ!!」



震える声を絞り出したというのに、突然響いた大声で見事にかき消されてしまった。



「ああ、もう……」



オレンジ髪の男は非常に嫌そうな表情をした。先ほどの無機質な笑顔と違って、少し人間味のある顔つきだ。

彼は刃物をさっと懐へ仕舞うと、凄い勢いで近付いてくる足音がするほうへとその顔を向けた。
ほどなくして、障子がスパン! と良い音を出して開かれる。


そこに立っていたのは、赤い男だった。

少し渋味のある深い赤の着流しを着ている。赤色の着物だ、普通ならば派手すぎて浮いてしまうものを、男は難なく着こなしている。

彼はかなり急いでやってきたようで、着物が少しはだけて長い髪が振り乱れていた。


「佐助! ここにいた、……!?」

「あちゃー……」



彼は名前とオレンジ髪の男の体勢を見るなりカッと目を見開いて、着ている着物と同じくらい顔を赤くさせた。

佐助と呼ばれた男はしまった、という風に天を仰いだ。

今自分たちがどんな事になっているのかをうっかり忘れていた。

この主は、このようなことに免疫がないのを失念していた。


「はっはっはっはっは」

「ねぇ旦那それ笑ってるの」

「はっはっ破廉恥なぁぁあああ!!」



赤い男は顔を引きつらせながら盛大に後ずさり、そしてふっと消えた。

いや、正しく言うと、縁側から落ちた。



「うおぉぉぉ……」

「ああもう……。手間のかかる上司だこって」



佐助という名前で呼ばれた男は、呆然としている名前の方に目を向けると、僅かに苦笑いをした。



「アハハごめんね。ちょっと寝ててくれない?」

「え……?」



そう言い終わるが早いか、彼は名前の鳩尾に拳を落とした。

胃のあたりに伝わる重い衝撃と激しい痛み、そして吐き気で目の前が真っ白になった。


「っ!?」

「じゃあ、またね」



急所を殴られたせいで急激に意識が遠のいていく。

(し、ぬ)

そうして彼女は意識を失った。





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